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シカク運営振り返り記 第45回 第2の人生が始まる(たけしげみゆき)

Bと完全に決別した2018年から、私はたくさんの人に会ったり初めて行く場所を訪れるようになった。

特にターニングポイントになったのは、「ZINEDAY TAIPEI」という台湾・台北で年に1度開催されているZINEのイベントに出店させてもらったことだ。2度目の出店時には主催者のMONさん・熊谷さんの計らいで、現地スタッフの方に通訳をお願いし、ミニコミ寄席(シカクで売っている変わった本を紹介するトーク)までやらせてもらった。
私は台湾語はまるでわからないし、英語も中学レベルすら怪しい程度の語学力だったが、海を挟んだ別の国の人たちがシカクの本を面白がってくれる経験はとても新鮮で稀有なものだった。

また出店していた台湾の作家さん数人に、Google翻訳を駆使して「あなたの本を私のお店で販売させてください」とお願いしたところ、皆さんがものすごく喜んでくれたのも印象的だった。
そうやって仕入れた本や、現地の蚤の市で買ったがらくたやCDなどを帰国後シカクに並べてフェアを展開したところ、私が昔よく聴いていたFMラジオのパーソナリティーの方がお店に来て番組で紹介してくださるという嬉しすぎる出来事も起きた。

他にも、今までやってみたいなとぼんやり思いつつ実行に移せていなかった「ミニコミ寄席ツアー」も開催した。
ツアーといってもスケジュールの都合で香川と岡山の2箇所だけで、イベントスペースを借りたりしたわけではなく、自分がもともと行きたかったお店の方にお願いして店内の一角を使わせていただくという小規模なものだった。だけど普段のシカクと少し違う文化圏の方に、直接本を紹介できたのはとても楽しかった。

人付き合いを制限されることがなくなったため、休日やシカクの営業終了後に出かけることも増えた。(それまではB抜きで友達と遊ぶことや仕事以外の飲み会は基本的に禁じられていた)
その結果知り合いが増えたり、もともと知り合いだった人とはもっと仲良くなったりした。同業者の友達もでき、その繋がりで書店が集まるイベントに誘ってもらえるようになった。(それまではBが他の書店を全て敵視していたため、仲がいい同業者が全然いなかった)
プライベートで旅行に行くことも増えた。旅先で気になっていた本屋さんに行って刺激を受けたり、お客さんとの会話の幅が広がることで、シカクの仕事にもプラスの影響が出ている気がした。

それから家で一人で過ごす時間が増えたので、本を読む量が増え、読むジャンルも変わった。
Bと暮らしていた頃は日々のストレスが大きすぎて現実逃避のためにフィクションの漫画や小説ばかり読んでいたが、離婚をきっかけに人生について考え直すようになったことからノンフィクションやエッセイをよく読むようになった。読めば読むほど、これまで自分がいかに偏狭な価値観の中で生きていたかを思い知り、自分が少しずつ生まれ変わっていくような感覚を覚えた。

幼稚園や小学生のころ、体験することや目に映るものすべてが新鮮で、時間が長く感じられた記憶が誰しもあると思う。
私にとって2018年はそういう年だった。ビッグバンのあとの宇宙のように世界や価値観が急激に広がり、「第2の人生始まった!!!」という感じだった。

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そんな日々を過ごすうち、私の中で一度は諦めていた「外への興味」がまた膨らんでいった。

もともと海外には興味があり、シカクを始めて2~3年目くらいにはBと共にドイツに数ヶ月滞在して仕入れた雑貨をシカクで売ったりしていた。ワーキングホリデーで海外に長期滞在することもかなり真剣に検討していた。
しかしその後Bのうつ病(とモラハラ)が悪化し、長期的な計画を練って実行することはかなり難しくなった。私一人で行こうかと考えたこともあったが、Bを置いていくのは心配だし、どんどん増える仕事に忙殺されてもいたので、いつの間にか興味は諦めに変わっていた。

だけど色々な場所でイベント参加やミニコミ寄席をするうち、
「これをもっと積極的に展開できたら、私も楽しいし作家さんにも恩返しできるしお客さんもたぶん面白がってくれるし、全員ハッピーでは……?」
という気持ちが大きくなってきた。

シカクを始めた当初は、シカクに置いてるような(二次創作などとは別の)同人誌やZINEはあまり知名度がなく、関西では取り扱っているお店自体がほとんどなかった。だからそういった本の面白さを関西でも広げることがシカクの第一目標だった。
しかしそれから10年近くが経ち、そういった本の知名度はどんどん上がり、ZINEを扱うお店も桁違いに増えた。それにシカクが貢献できた部分がどれくらいあったかはわからないが、当初の目標はある程度達成されたと言ってもいい状況だろう。
それなら次の目標は何か……と考えて思い浮かんだことのひとつが、「海外に『シカクっぽい本』を輸出入すること」だった。

シカクに置いている本は、明確なジャンルを決めているわけではないが全体的になんとなく『シカクっぽさ』がある。私もそう思うしお客さんからもよく言われる。これはきっとスタッフみんなで取り扱う本を丁寧に選んできた賜物で、他のお店にはない個性と言っていいだろう。

世界は広いし人間の脳の構造も大きくは違わないから、海外にも『シカクっぽい本』を作る人がいたり、そういうコミュニティやイベントがあるんじゃないだろうか。そういう本を仕入れてシカクで並べられたら、かなり面白いんじゃないか。
それにシカクに置いてある本の紹介を、海外のイベントで英語でできたら、作家さんも喜んでくれるんじゃないか。
そこまでは難しくても、例えば海外の書店に一箱だけシカクのコーナーがあって、そこに簡単な解説ペーパーをつけたシカクの本を並べてもらうだけでも、今までなかった広がりができる気がする。その書店のコーナーをシカクに作って、交換留学みたいにしてもいい。

まがりなりにもお店を10年近くもやってると、「すごいですね」「立派ですね」とお褒めの言葉をいただくことがある。
とてもありがたく光栄なことだけど、私は自分が立派だとか、自分の才能でシカクを成功させたとかは本当に1ミリも思っていない。スタッフや友達やいろんな人に助けてもらっているおかげもあるが、やっぱり一番は本を作ったり展示をしてくれる作家さんたちの才能や努力のおかげだ。私はほとんどそれにぶら下がってるだけだと日々痛感している。
そんな作家さんたちにシカクとして恩返しできるのは、より広く、より遠くへ作品を届けることだけ。究極的にはそれに尽きると思う。
今はインターネットがあるから距離の壁は簡単に越えられるけど、言葉の壁を越えるのはなかなか難しい。だからこそ私がそれに挑戦して、作家さん自身の力では届けるのが難しい場所に本を届け、そして遠くで作られた本をシカクにも持ってきて、皆さんに受けた恩の数パーセントでもお返しできたらいいなと思っている。


……そんなことを考えて、実は2020年に英語の短期語学留学に行く計画を練ったり、海外でイベントをするための下準備をしていたのだが、コロナウイルスによってすべての計画は頓挫した。まだ計画段階だったので損失が出たわけではないが、心のほうはけっこう被害を受けた。
しばらくは「落ち着いたらまた留学に行こう」と考えていたが、想像以上に事態収束の気配が見えないので、少し前から諦めて独学で勉強を始めた。これまでも勉強しようとして長続きしないのを何度か繰り返してはいたが、コロナで遠出ができず鬱屈した感情が多少紛れることもあり、細々とではあるが続けられている。(まあ、スタート地点が「中学英語も怪しい」レベルなので、まだスムーズに会話できるレベルではまったくないのだけど)

たくさんの人が同じことを思っているだろうが、コロナ以降の日々の中で「行きたい場所には行ける時に行ったほうがいい」ということを痛いほど思い知った。だからまた気兼ねなく飛行機に乗れる時代が来たら、細かいことで躊躇せずに気になる場所にはどんどん乗り込みまくろうと思っている。
それまでは粛々と勉強をしつつ、コロナ禍でもどうにか生き延びられるように頑張るばかりだ。

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【おしらせ】

★シカクの10周年を記念して、この連載が本(同人誌)になりました!
改めて本でじっくり読みたい人がいましたら、どうぞよろしくお願いいたします。2巻まででだいたい第25回くらいまでの内容が収録されています。

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★シカクに興味を持ってくれた人は、お店のホームページもぜひ見てね。

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