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シカク運営振り返り記 第22回 お店でいちばん大事なこと(たけしげみゆき)

 ミニコミ販売店から始まり、ギャラリー、出版と手を広げていったシカク。努力の甲斐あってギャラリーのお客さんは少しずつ増え、作った本も順調に売れている。
 が、本来の目的であったミニコミの売上はなかなか増えない。それどころか、取り扱い点数は増えているのに売上が減る時すらあった。

 大阪にはミニコミに興味がある人が少ないんだろうか?
 ある日そう思いながら本棚を眺めていたら、突然稲妻に打たれたように、衝撃的なことに気付いてしまった。

 『お客さんになったつもりで見ると、欲しい本が全然ない』

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 どういうことか説明しよう。
 連載第8回で触れたように、当時のシカクには委託審査がなく、持ち込まれた本はすべて本棚に並べていた。その中には大学生がノリで1冊だけ出したらしきもの、連絡が途絶えたもの、見た目の区別がつかないようなものもたくさんあった。
 それからクオリティは高いけど、私の好きな雰囲気とは違う本もあった。「うちでは売れないけど、他のお店なら売れるんだろうな」というような。良い悪いではなくタイプの違いで、例えるなら無印良品にゴスロリやサーファー系の服が置いてあるような話だ。

 やっぱりというかなんというか、そういう本は売れない。そして私自身も良さをわかっていないので、お客さんに薦められない。結果、ずっと本棚に残り続ける。
 一方、私が「こういう本が売りたくてやってるんや!」と思うような本はすぐに売れてなくなる。本自体の魅力ももちろんあるだろうが、人に薦めたいという感情がやはり大きかったと思う。

 本が売り切れたら、人気商品ということなので普通は作家さんに再度注文する。しかし、私はそれをしなかった。いや、できなかった。この頃のシカクは、ギャラリーに出版、そしてどんどん増える商品の入荷処理や売上清算、通販に宣伝業務と、仕事が雪だるま式に増えており到底手が回らなかった。
 そうこうしているうちに、魅力的な本はすぐに売り切れ、そうでもない本ばかりが棚に並ぶという悪循環にすっかりハマっていた。だから売上が下がっていたのだ。
 それに気付いた時、私はショックと同時に不思議な感動も覚えた。

『店員の感情って、そんなにダイレクトにお客さんへ伝わるんだ……!』

 初期のシカクが委託審査をしていなかった理由は2つある。
 1つは、ミニコミという文化を広めるために、作品を選別したくなかったから。
 もう1つは、作家さんに対してお断りするのが気まずかったから。

 しかし、お店をやって3年目にしてようやくわかった。
 私はミニコミ文化が好きだけど、この世に生み出されたミニコミをすべて愛せるほどに公平な人間ではない。そして自分が愛せないものを売ろうと思えるほど、商魂たくましい人間でもない。むしろ今までも書いてきたように、自分がやりたくないことは仮に利益になろうとも絶対にしたくないタイプだ。
 それなのに作家さんに気を使って妥協した棚作りを続けた結果、モチベーションが下がり、結果的に店も傾きかけているのだ。

 このままではマズい。
 危機感を覚えた私は、すぐさま行動に出た。本棚に自分が売りたいと思える本だけを残し、あとは申し訳ないけれど返品をお願いした。幸い、開業時に見よう見まねで作った利用規約には返品に関する項目もあったので、文句を言われるようなこともなかった。
 そして棚の空白を埋めるため、品切れになった商品は再注文し、新しく委託のお願いを送り始めた。これまでは気になる本の情報を見つけても、忙しさを理由に連絡を後回しにしていたのだけど、一念発起してたくさんメールを送った。
 また、持ち込まれた本はきちんと目を通して審査するようにした。あんまりだなと思ったり、うちの方向性とは違うなと思ったらお断りする。せっかく依頼してくれたのに申し訳ないけど、お預かりした商品が売れなくてそのまま返品するくらいなら、初めからきちんとお断りしたほうが相手にとってもいいことも、この頃やっと気付いた。

 時代の変化も追い風になってくれた。このあたりの時期から、独立系書店と呼ばれる新刊書店が全国的に増え始めていたのだ。
 インターネット書店や電子書籍の発展で、全国どこにいても欲しい本が買えるようになった。その結果、いわゆる「町の書店」は次々廃業に追い込まれていく。
 それと入れ替わるように生まれた独立系書店たちは、従来の書店とは大きく異なる。店主の好みに特化した品揃えや、店そのものにコンセプトがある空間。いつの間にか書店は本を売るだけではなく、店主の選書眼や知識、こだわりを売る場所へと変化していた。

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 商品をきちんと選ぶようにすると、いい反応が想像以上に早く現れた。
 1冊1冊に目を通し、いいと思った本だけを売るので、お客さんからオススメを聞かれてもすぐ答えられるし、紹介にも力が入る。お客さんの滞在時間が伸び、売上も増えた。通販ページを見た作家さんから「シカクのレビューはちゃんと読んでくれてることがわかって嬉しい」と言われるようになった。何より自分が楽しいし、売れた時は心から嬉しい。

 お店で一番大事なことは、商品にこだわること。
 ……ではなく、私は「モチベーションを維持すること」だと思っている。
 その方法は人それぞれで、私の場合は商品にこだわることだった。別の人なら、インテリアにとことんこだわるとか、不定休ならぬ不定開にして気が向いた時だけ営業するとか、色々あるだろう。
 しかし確実に言えることは、どんなに儲かるお店でも店主のやる気がなくなったらそれで終わり。逆に言うとどんなに売れてなくても、店主のやる気さえ維持できていれば店は潰れない、ということだ。店舗は維持できなくなるかもしれないが、大御所バンドのように実体がなくても「今は休業中です。またいつか再開します」と言い張れば、店は残り続ける。
 自分のモチベーションが何によって保たれ、逆に何をすると下がってしまうのかを見極めて、下がる要因を極力なくしていくこと。それがお店を続けていく上でいちばん大切なことじゃないかと思う。

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 さて、棚作りにこだわった結果、雰囲気がよくなって売上も伸びた。めでたしめでたし……
 というわけにはいかない。お店はいい感じになったものの、委託審査や事務連絡にかかる時間が増え、もともと回っていなかった仕事がさらに溢れて収集がつかなくなってきた。

 ここでシカクにはもう一人、店長Bという存在がいたことを思い出してもらおう。
 第17回第18回で書いたように、また今回まったく登場していないことからもわかるように、Bは心の病気を理由にほとんど仕事をしていなかった。後にある必要が生じて私がまとめた資料によると、Bと私の仕事の配分は以下の通り。

●Bの仕事
・気が向いた展示のオファー、打ち合わせ
・気が向いた時の店番
・気が向いた企画発案と、気が向いた範囲の関係者への連絡
・気が向いたときの内職(袋詰めなど)

●たけしげの仕事
・店やイベントの広報物、印刷物、グッズなどの制作
・プレスリリース配信、HP・SNS・ブログ更新など広報全般
・企画発案、Bの気の進まない関係者への連絡、スケジュール管理
・店番、通販業務、仕入れ、在庫管理など運営全般
・問い合わせやクレームなどの顧客対応
・出版物の企画、デザイン、編集、広報、流通業務全般

 要は、Bは気が向いたことをやり、私はそれ以外を全部やっていた。誓って言うが誇張は一切ない。
 それに加えて第18回で書いた営業時間外のBのお守りと、料理以外の家事も私がやっていた(料理は『みゆきの料理はマズいから作らんといて』とのことで、Bが作るか外食していた)。
 とはいえあまりの多忙さに家事は最低限しかできず、洗い物も洗濯物もたまりっぱなし、掃除機をかける気力もない。そのうえ私が疲れた体を奮い立たせて洗い物や掃除をしようとすると、
「そんなんせんでいいやん」
「いつまでやってんの?」
「みゆきが仕事終わるのずっと待っててんけど」
「俺があとでやっとくから今はやめてや」
……と延々と文句を言い続けるため、やる気を奪われ最後までやり遂げるのが難しく、やり遂げたとしても達成感が一切なかった。念のため書くが2~3歳の子供の話ではなく、20代後半の大男の話だ。まあ精神年齢は2~3歳並みだったのだろうが。(ちなみに「俺があとでやっとく」という言葉の「あとで」が実際に訪れることは最後までなかった)

 そんな状態だったので、店がどんなにいい感じになろうとも、家はいつも荒れていた。

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 つい話が逸れてしまった。まあそんな感じで、仕事に家事にお守りに追われた私は、精神的にも肉体的にもかなり疲弊していた。
 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。そんな窮地にまったく予想していなかったところから救世主が現れる。

 ということで次回からは、シカクで今も活躍してくれているスタッフ・スズキナオさんとの出会いの話を書きます。

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