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「HOME ALONe」を見たから感想を書くよ

真夏の昼間とクリスマス・イブは案外食い合わせが悪くなかった。

というわけで、7/28(最高気温は32度)の11:30に生まれて初めてホーム・アローンを見終わった。ちなみに外には熱中症アラートが出てる、そんな日です。

感想なんだけど、一言で言うとボロッボロに泣いた。コメディー映画でボロ泣きさせられた。何なんコレ。

見て思ったんだけど、この作品って単なるコメディという以外に二軸あると思うんだよね。

一つ目は、子どもから大人への成長。これは物語を貫く主軸。物語の初めには、自分で荷造りもできない無力な子供としてのケビンがいる。彼は母や父や兄妹に構って欲しくて仕方ないのだけれども、どうも上手くいかない。”helpless”な彼はその現状に拗ねることしかできない、小さな子供というわけ。

そんな彼が偶然に家に一人取り残され、全てを一人でこなさなければならなくなる。洗濯に買い物、セール品のマカロニだってレンジで温めなければ食べられない。そんな非日常の中で彼は明確に子供から大人になり、結末の「買い物をしただって?」に繋がるわけだ。分かりやすく、まっすぐ芯の通った筋書き。とんでもなく泣きやすい筋だ。もちろんいい意味で。

この作品のいいところは、大人になる彼を描こうとしているのではなく、大人になろうともがいている彼を描いているところだと思う。

彼は歯ブラシがアメリカ歯科協会の推薦品か気になるくらいにはマセているし、タバコを吸っているサンタクロースが偽物なことも知っている。レジの店員にちょっとしたジョークを飛ばして見せたりもする。クリスマス・イブに裏口からやって来るサンタクロースとエルフが、ただの泥棒だってことも分かっているのだ。

けれども彼は、この世界のどこかには『本物のサンタ』がいると信じている。地下室の炎は確かに彼に語りかけていて、隣の家のお爺さんは塩のタンクに死体を隠している殺人鬼なのだと思い込んでいる。

そういう大人になりきれない子供の視点を完璧の描き切っているから、この作品は面白い。

そもそもケビンが本当に大人なら、あの愉快な泥棒討伐譚は実現しないのだ。大人は遊び心も冒険心もとっくのとうに忘れ去っている可哀想ないきものだから、泥棒がいるとなれば警察に一報を入れてベッドの下で怯えて転がるのが関の山。大人と子供のちょうど間の8歳だから起きる物語が、このホーム・アローンなのだろう。

そんなケビンの成長を描く本筋とは別に、私はこの作品はもう一本の筋で巧妙に裏縫いされていると思う。

それは大人から子供への退化の描写だ。

大人とはつまらなく、しょうもなく、面白くなく、どうしようもないいきものだ。下手に理性と常識を手に入れたばっかりに子供ならではの蛮勇を手放す羽目になっている。大人になってしまったら、もう階段をそりで滑り降りるなんて馬鹿はやれない。そんな大人の代表格が、お隣さんのミスターシャベルさんだ。

シャベル殺人鬼ことマーリーさんが具体的にどのような人物で、かつて息子との間にどのような軋轢を生んだのかは描かれていない。私たち傍観者が知り得るのは、彼が何らかの理由で息子と仲違いをし、そして仲直りをしたいと思っている、その事実だけ。

しかし大人とは不自由ないきもので、一度始まった喧嘩を終わらせる術を忘れ去っている。子供ならば『ごめんなさい』『いいよ』で終わらせられるのにね。本当に大人ってば嫌なものだ。

そんなマーリーさんは、クリスマス・イブの教会でとあるプレゼントをサンタからもらうことになる。ケビンという名前の少年との出会いだ。

教会という場は敬虔なアメリカ人の口が最も軽くなる場なのではないだろうか。私は日本人だからわからないけど。とにかく教会という空間、告解を許す特殊な場に呑まれてマーリーさんはうっかり息子との確執をケビンに漏らす。きっと彼が何年も、何十年も抱えてきた苦しみだろう。当然容易く解決などできない。大人の論理では。

そう、大人の論理では。ケビンはそんな愚にも付かない大人の悩みに、実に単純で明快なソリューションを提示する。

話し合って、謝ればいい。それだけ。

理性と道徳と建前とプライドにがんじがらめにされている大人はとうに忘れ去っているかもしれないが、元来世界とはそんなちょっとした一言で全てが解決できるくらいシンプルなものであるはずだ。

マーリーは、ケビンを通して子供の理屈を思い出す。拗れ切った大人のしこりをほぐすのにはそれが最適解なのだと理解する。そして彼は、顎髭をたっぷり蓄えたサンタクロースみたいな外見になった年にしてやっと、子供への退化を果たすのだ。

ケビンは子供に戻った彼の仲直りを窓から見下ろし、マーリーは彼にそっと手を振る。まるで仲良しの子供たちみたいに。

私の涙腺はガバガバなので、こんな感動シーンを見せつけられたらまあ泣く。感涙感涙で、一人きりのリビングで思わず叫んでしまった。「おじさんカッケー!」って。本当に最高。真夏のホーム・アローン、皆様にもおすすめです。

ところで最後に蛇足なんだけど、この作品のファンタジー性について。

本作においては、例え顔面をアイロンで焼かれようが頭皮をバーナーで炙られようが2階から落ちて壁に叩きつけられようが、致命的な怪我を誰一人負うことはない。泥棒たちは愉快な仕掛けに悉く引っかかる愉快なおじさんであり、愉快なおじさんに捕まった悪戯っ子のケビンも別に本当に爪を剥がれたりはされないわけだ。

もし本当に現実に即したことを考えるなら、泥棒たちは序盤の焼きごての刑で既に救急車を呼ぶ羽目になっているだろうし、ケビンは怒った泥棒に捕まって銃弾で蜂の巣にされていたかもしれない。丁度作中に何度も登場する暴力映画のように。

しかしそうはならない。何故ならばこの作品はコメディーで、「この作品で何が起きても決して致命的な結果にはならない」という前提を共有した別世界が形成されているからだ。

ファンタジーというのは現実とは食い違った異空間を形成しその中に観客を連れ込むものだから、その前提に立てばこの作品も『ファンタジー』と十分読み解けると思う。

それに、あの泥棒撃退のシーンってまるで子供が夢見る幻想のようじゃないか。箪笥を開けたらそこが未知なる世界に繋がっている、みたいな空想と同質のもの。だったらこれだってナルニア国物語と同じく、ファンタジーと読んだっていいと思う。

そんな素敵な子供の夢としてこの作品を見直すのも面白いんじゃないでしょうか。特に最後にミスターシャベルが助けてくれるシーンとか、子供の夢の時間が終わって大人の世界に戻るような、アリスが目覚めるラストシーンみたいな良さがある。あそこのシーンのマーリーさん本当にカッコよかったよね。惚れる。

まあそんな感じで、何が言いたいかというとホーム・アローン最高ってこと。今更そんなこと言わなくてもみんな知ってると思うけどさ。名作は面白いから名作なのだ、って改めて痛感した次第。

せっかくの夏休みなのでいっぱいいい映画を見ていい本を読めたらと思う。そんな夏の始まりにぴったりな真冬の物語でした。

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