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映画『TENET』にみる“紋章学”

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています

今回の話、どこがビジネスに使える話かというとヨーロッパでは比較的知られている紋章というものが、日本人にはかなり疎いもので、その溝を埋めておくと、使ったり、解釈したりしやすくなるところです。ロゴに紋章をあしらうものはけっこうあったりします。特に「国立」のものの場合。しかし日本は、紋章文化に与してないため、日本の国立的なものに紋章学をみることはほとんどありません。まずは、この国と紋章の関係について触れていきます。

国章なるもの

多くの国が、国旗のほかに「国章(national emblem/coat of arms)」というものを設けています。たとえばイギリス(UK)の国章はこちら。

UKの国章

この国章は、エリザベス女王のロイヤル・ワラントにも使われているため、商品のパッケージに印刷されているものをみたことがあるかたもいらっしゃると思います。

左側がエリザベス女王のロイヤル・ワラント
右はチャールズ皇太子(The Prince of Wales)のロイヤル・ワラント
source: Robb Report “Everything You’ve Ever Wanted to Know About Royal Warrants”

そしてこちらが日本の国章です。

日本の国章

日本では、法令上明確な国章は定められていません。しかし、伝統的に天皇や皇室の家紋である「十六八重表菊」を慣例として国章に準じた扱いとして使用しています。

国章(こくしょう)は、国家を象徴する紋章です。一般に国旗よりもデザインが複雑で、その国の風土、歴史、文化やスローガンなどが表現されています。ゆえに国のアイデンティティを示すものであり、そういった機能ももったものです。この国章によく、紋章学が使われています。では、紋章学とは何か?みていきましょう。それから、タイトルにありますが、映画『TENET』には、その起源を示す紋章の使われ方が表現されています。冒頭のほうで。今回は紋章学とは何かということと『TENET』のシーンに含まれたものについてお話していきます。

映画『TENET』のシーン

映画『TENET』より

のちほどまた触れますが、映画『TENET』でのこのシーンが紋章学の本質を明確に表現しています。

紋章学

15世紀後半に作られたドイツのヒグハルメンロールは、紋章のテーマを繰り返すというドイツの慣習を示すもの

紋章学(英: heraldry)とは、中世ヨーロッパ以来、貴族社会において用いられてきた、氏族・団体・地方・階級の紋章の意匠考案紋章記述を行う慣習です。また、この紋章をさまざまな共通点や相違点から整理・分類することによって体系化し、そこからその意義や由来を研究する学問でもあります。そのための機関もあります。

ヘラルドリー(Heraldry)」という英単語を日本では「紋章学」と翻訳していますが、本質的にヘラルドリーが意味するものは学問にとどまるものでは有りません。紋章官(officers of arms)という職があり、その仕事内容な役割、責任をも含むものです。紋章官の職務とは、コート・オブ・アームズ及びヘラルディック・バッジ(Heraldic badge)の意匠・図案を考案、表示、記述、記録するというもの。特殊な専門性をもった学者兼デザイナーといえば、少しイメージしやすいかもしれません。

紋章学の起源

バイユーのタペストリーの一部。
3人の兵士がまだ紋章が体系化される前の紋様を描いたシールドを持っています。

慣習としての紋章学の起源は、戦闘に参加している者の顔が鉄鋼製の兜で隠れているために、個人を識別する必要があることでした。

古代の戦士は、しばしば彼らの盾を紋様と神話をモチーフとする絵で飾っていました。戦士たちの顔が兜に隠れているときがあり、盾の模様が戦士や属する組織を特定するのに役立ちました。

12世紀中頃までに、紋章はヨーロッパの全域で騎士の子に受け継がれるようになっていきました。1135年から1155年に、イングランド、フランス、ドイツ、スペインおよびイタリアでシールドが紋章図案として採用されていきました。イングランドでは、長男とそれ以外の男子を区別するためにケイデンシー(Cadencyという類似した紋章を識別する組織的な方法を用いる習慣が生まれました。これは、15世紀に紋章官、ジョン・ライセ (John Writhe) によって制度化、標準化されました。

ケイデンシーで使われるブリジュア(赤色の各マーク)。左の列は、イングランド及びカナダの紋章で男子に使われるケイデンシー・マーク。右の列は、カナダの紋章で女子に使われるケイデンシー・マーク。
User:Marnanel - Own work with some heraldry from Commons: see below, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5398627による

中世後期からルネサンス期では、紋章学は非常に発達した規律になり、紋章官によって管理されるようになりました。その後、紋章は、文書の封蝋に押され、代々の墓に刻まれ、地元の旗として掲揚されるなどの場面で使われ続けました。

紋章学の現在

ヨーロッパをはじめとして世界中の多くの都市と町では、現代でも紋章をそのシンボルとして使用しています。また個人の紋章も法的に保護され、合法的なものとして扱われており、世界中で使われ続けています。現代でもイギリス(イングランド、スコットランド)とカナダでは、紋章及び系譜を管理・統括する紋章院(College of Arms /Heralds' Collegeがあり、管轄地域の紋章の管理や新たな紋章の授与を行っています。

紋章学の学問性

紋章は貴族や王族などの支配階級の系図(けいず)を明らかにするもので、そのため歴史などにおいても重要な学問としても発達していきました。また各国の紋章の類似性などから、ある民族が他民族を侵略していった系図や大航海時代以降の植民地支配などを含めた国家間の歴史的なつながりなどを明らかにすることにも大いに役立つものでもありました。イギリスのオックスフォード大学などでは、紋章学を修めると文学修士 (Master of Arts, MA) の学位が与えられます。

紋章は個人とその個人が属する家系を示すものでもあります。紋章を体系化することによって、その紋章、その家系、その個人にまつわる歴史を知ることができます。また、その土地を支配していた権力者の紋章の全部、又は一部が現在の州、郡、市などの地方の紋章にも取り入れられていることから、その地方の歴史的な成り立ちの一端や地域独特の共通点から紋章学的ローカルルールを知ることもできます。たとえば、ポルシェのロゴは、シュトゥットガルトを首都とした1918年から1933年のワイマール・ドイツ自由人民共和国ヴュルテンベルク州の紋章に由来しています。ロゴの中央には、シュトゥットガルトの紋章がイネスカッションとして描かれています。これはポルシェの会社が、シュトゥットガルトに本社を置いていたため。

ポルシェのロゴ
By Porsche web, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=56934195


紋章の構成要素

紋章の構成要素
画像引用:Weiss Heim

紋章は上図のような①クレスト(Crest、兜飾り)、②冠(Crown)、③ヘルメット(Helmet、兜)、④マント(Mantling)、⑤サポーター(Supporter、盾持ち)、⑥エスカッション/シールド(Escutcheon, Shield、盾)、⑦ガーター勲章(The Garter)、⑧コンパートメント(Compartment)、⑨巻物・モットー(Scroll, Motto)という構成要素から成り立っています。

中心となる盾のみのものを小紋章(Escutcheon またはHeraldic Shield)といい、それにヘルメットやクレストを加えたものを中紋章(Coat of arms) 、全てが揃っているものを大紋章(Achievement)と呼びます。これらの呼称の区別はそれほど厳密ではありません。よって、すべて「コート・オブ・アームズ(Coat of arms)」と呼ぶことができます。

これらの要素は、紋章の起源が示すように、中世の騎士をイメージしたものです。このため、戦場に出ない女性や聖職者の場合は、盾型ではなく菱形の要素、ロズンジ(Lozenge)を使い、ヘルメット等ではなく帽子になる慣習がありました。しかし最近は、男女同権の意識も高まったため、特に区別しないこともあります。


シェイクスピアと紋章

シェイクスピア家の紋章
Tomasz Steifer, Gdansk - 投稿者自身による著作物, CC 表示 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3793029による

16世紀から17世紀にかけて活躍した劇作家であり詩人のウィリアム・シェイクスピアは、高等教育を受けていなかったものの、長らくジェントルマンの地位を求めていました。シェイクスピアの父も、まだ裕福であったころに紋章を取得するために紋章院へ嘆願をしていました。父の嘆願が受理されていれば、その紋章は息子であるシェイクスピアが受け継ぐことになるものでした。俳優であるシェイクスピアには、紋章を得る資格がありませんでしたが、ストラトフォードの役人であり、妻の生まれもよかった父ジョン・シェイクスピアは充分に資格を備えていました。しかし一家の財政が傾いていたために、なかなか望みを叶えることができませんでした。しかし1596年(ウィリアム・シェイクスピアが32歳のとき)にふたたび紋章の申請をはじめ、シェイクスピア家は紋章を手にすることができました。このときには、ウィリアム・シェイクスピア自身が、経済的に大きな成功を収めていたためです。紋章に記された銘は “Non sanz droict” (フランス語で「権利なからざるべし」)で、これはおそらく銘を考案したシェイクスピアのある種の守勢や不安感を示していると考えられています。社会的地位や名誉の回復といったテーマが、彼の作品によく表れていましたが、このあたりは自分の人生や切望の反映ともみることができそうです。

映画『TENET』にでてくる紋章の起源

さていよいよ、映画『TENET』です。この映画の冒頭では、ウクライナのオペラハウスをテロリストが襲い、それを鎮圧しようとする警察らが突入していくシーンから始まります。このとき、テロリストを鎮圧する組織の到着に合わせて、潜入しようとしている主人公たちの組織は、制服につけるワッペンを複数用意しておいて、それを貼って正体を隠し、潜入していきます。このとき使われるワッペンがシールド型であり、いわゆる紋章になったものです。

映画『TENET』より

これは、紋章の始まりが、兜で個人を特定できないために、紋章で区別するようになったという起源をほぼ再現するような使われ方です。主人公たちは、ガスマスクをしており、個人が特定できない状態になっており、ワッペン(紋章)だけが唯一の個人や組織を特定する手がかりとなります。そして、このワッペンを剥がされ、正体が暴かれそうになる!?というシーンも発生します。

これ、紋章って何か?という知見がないとできない表現です。脚本も手掛けるクリストファー・ノーラン氏の深くて広い知識が伺えるシーンです。

まとめ

紋章は、ビジネスと無縁ではなく、ポルシェだけではなく、ランボルギーニやフェラーリのロゴにもモチーフとして使われています。これは企業のある地域に根づいたものですが、その背景にヨーロッパの中世にまで(もっとさかのぼれるけど)遡る歴史と習慣があるということは何かと使える知見にもなることでしょう。深く掘っていくと学問にまでなっているものなので、底がない研究になりますが、浅くでもしっておくだけで、情報発信にも受信にも役立つと思います。ちなみにわたしは紋章学の講義を受けています(すごく眠かった)。


参照





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