映画『007 スカイフォール』でウィリアム・ターナーの絵画が意味するもの
ビジネスに使えないデザインの話
ビジネスに役立つデザインの話をメインに紹介していますが、ときどき「これはそんなにビジネスには使えないだろうなぁ」というマニアックな話にも及びます。今回の話は、ビジネスには直接使えなさそうな内容です。あ、今回はデザインではなく、アートの話ですね。記事は、毎日午前7時に更新しています。
映画『007 スカイフォール』
2012年に公開された、ダニエル・クレイグ氏主演の007シリーズの3作目『007 スカイフォール』ですが、絵画や詩を作中で絡めてきます。その辺の示唆するところが分かるとこの映画の面白みが、ぐっと深まりますので、今回はこの映画における画家ターナーの絵画について解説していきます。
『007 スカイフォール』は、イギリスの監督、サム・メンデス氏が監督(メンデス氏は、続編スペクターも監督しています)。ちなみにこの映画のボンドのスーツは、トム・フォード。コスチュームデザイナーのジャニー・テミーム(Jany Temime)氏とともにフォードが仕上げています。
ダニエル・クレイグ氏のシリーズ中で始めて、クウォーターマスター(補給係将校)のQが登場する作品でもあります。
テニスンの詩
映画『007 スカイフォール』では、イギリスの詩人、アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson)の詩も引用されます。以下が、そのシーンです。
ここで引用される詩
この映画は、007、ジェームズ・ボンドが所属するMI6という秘密情報部を統括するMが世代交代をするところが要です。この「盛者必衰の理をあらはす」哀れみ、盛衰のペーソス(悲しく、寂しいことの魅力)をこの映画では、テニスンの詩やターナーの絵画を織り交ぜて、深みをもたせようとしています。テニスンの詩では、
Mが引用する「英雄的な心がもつ共通の気質は、寄る年波と宿縁で弱くなったとはいえ、その意志力は強く、努力し、求め、探し、そして屈服することはないのだ。」の部分が、それに当たります。
年老い始めたボンドと若きQの出会いの場面のターナー
本作の中で、一度はMI6を去るジェームズ・ボンドが、復帰するのですが、無精髭をはやしたボンドが若き、Qと出会う印象的なシーンがあります。
場所は、ロンドンのナショナルギャラリー。
このシーンのなかで、ボンドは、ウィリアム・ターナーの『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号、1838年』(The Fighting Temeraire, tugged to her last Berth to be broken up, 1838)を眺めています。これは何を意味しているのでしょう。それを知るには、戦艦テメレール号、トラファルガーの戦い、そしてターナーが映画いているこのシーンを理解する必要があります。
そのまえに、このシーンでのボンドとQのやりとりを文字に起こしてみましょう。
ここで示唆しているのは、「世代交代」の切なさ、です。しかしそれは必衰だと若きQが暗示します。「The inevitability of time」という表現がその中心になっています。
画家、ウィリアム・ターナー
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner、1775年 - 1851年)は、イギリスのロマン主義の画家。ロマン主義とは、合理や普遍的な真理、リアリズムへの反動を持つ芸術運動で、感情と自然を尊重した姿勢です。ターナーの絵画は、ダイナミックに感情的です。ロマン主義については、こちらの記事で詳しく書いています。
絵画『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号、1838年』
ターナーのこの絵画は、1838年に描かれ、1851年にターナーからロンドンのナショナルギャラリーに遺贈されて、現在も展示されています。「トラファルガーの海戦」で活躍した最後の2等戦列艦の一つである「テメレール号」が、退役後の1838年に、スクラップとして解体されるために最後の停泊地に向かってテムズ川をタグボートで曳航(えいこう)される様子を描いています。原題のThe Fighting Temeraire(戦うテメレール)とは、トラファルガーの戦いでの奮闘を讃えた愛称です。2020年にデザインが新しくなった20ポンド紙幣の裏面に、ターナーの肖像とともにこの絵画が描かれています。
トラファルガーの海戦
トラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar)は、1805年10月21日に、スペインのトラファルガー岬の沖で行われた海戦で、ナポレオン戦争における最大の海戦でした。イギリスはこの海戦の勝利により、ナポレオン1世の英本土上陸の野望を粉砕しました。
ナポレオン一世(ナポレオン・ボナパルト)によるヨーロッパでの版図の拡張は、驚異的で、ヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置きました。支配できなかったのは、ロシア帝国、オスマン帝国、そしてイギリスです。
イギリスの左側車線は、ナポレオン一世に支配されなかったためとも言われています(他のヨーロッパ諸国は、ナポレオン一世の支配により、ルールが統一されました)。自国を強大なフランス、ナポレオン一世からの侵略から守った象徴とも言えるべき戦いが、このトラファルガーの海戦です。ちなみにトラファルガーはここ。
最後のシーンで再び、テレメール号が現れる
新しいMがジェームズ・ボンドと会うシーンがあります。二人が対峙する背後には、海洋画家であるトーマス・バタワース(Thomas Buttersworth)のものと思われる“若かりし頃の”テレメール号が、戦艦ヴィクトリー号とともに描かれた絵画が掛かっています。これは、ジェームズ・ボンドの復帰、そして世代交代したMによる刷新されるMI6を示唆したものです。若返り、生まれ変わり、そして戦いの渦中に戻り、英国を勝利に導く二人という示唆です。
まとめ
ちょっと衒学的(げんがくてき:知識があることを必要以上に見せびらかすこと)すぎるきらいはありますが、『007 スカイフォール』では、アートがもつエピソードの力をふんだんにつかっています。劇中の最初のほうでは、イタリアの画家、アメデオ・モディリアーニの盗まれた絵画『扇子を持つ女(ルニア・チェコウスカ)』(Woman with a Fan (Lunia Czechowska))(1919年)が出てきます。
盗まれたモディリアーニの絵が、闇の世界で売買されている!というシーンになります。衒学的、と表現しましたが、このあたりは、映画を二度楽しむためのテクニックとも言えます。映画は、こういった知識がなくとも楽しめるアクションとストーリーで完成されています。しかしそれとは別に、武器が何で、マニーペニーとQの復活(以前の007に出てきていたキャラクターたち)、そしてこういった絵画や詩の引用によって、単なるアクション映画ではない深みをもたせることができ、観客もそれを楽しむことができる作りになっています。
今回は、ロマン主義の画家、ウィリアム・ターナーの絵画が指し示す映画の行く末や要を中心に解説しました。ビジネスに役立つわけではありませんが、アートの知識はこのように世界を拡張してくれますので、知れば知るほど、世界を眺めるのが楽しくなります。
参照
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