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映画『トップガン マーヴェリック』にあるデザインの工夫

ビジネスに使えないデザインの話

ビジネスに役立つデザインの話をメインに紹介していますが、ときどき「これはそんなにビジネスには使えないだろうなぁ」というマニアックな話にも及びます。今回の話は、デザインではなく、アートの話なので(普段はアートの話は週末にあオップしています)、ビジネスには使えない話。毎日午前7時に更新しています。


『トップガン マーヴェリック』におけるプロダクション・デザイナーの仕事

今回もまあまあマニアックな話ですが、映画の“裏側”をちょっと覗くと映画をもっと楽しめるかもしれないので、そんな話をデザインの側面から紹介したいと思います。今回扱う映画は、現在(2022年6月1日)、日本で公開中の『トップガン マーヴェリック』です。

余談ですが、「マーヴェリック(Maverick)」とは、「一匹狼」という意味。

プロダクション・デザイナー

「プロダクション・デザイナー」とはどんな仕事なのか?
Image source: New York Film Academy Student Resources

プロダクションデザイナー(Production designer)は、監督や脚本家、プロデューサーらに比べて、映画関係の職種のなかでは、一般にはほとんど知られていない職種です。しかし映画のクオリティを高めるためには、非常に重要な仕事です。その内容は、

映画の美術全般とそれに関わること全般

です。たとえば、時代背景、プロットの場所、登場人物の行動や感情を感じさせるための様々な視覚的要素を管理し、指示しています。映画が描く時代や場所にふさわしい書体やデザイン、背景、家具、服装(服装は、専門的にはコスチュームデザイナーが担います)などを管理します。企業のブランディングや広告におけるクリエイティブディレクターのような仕事ですが、もしかしたらクリエイティブディレクターよりも広く深く厳密な知識と指示が必要な仕事かもしれません。その時代にはない書体やデザインやモノなどを登場させてしまっては、映画のリアリティが大きく損なわれるからです。次の例は、映画を損なうほどのものとは思えませんが、「完璧主義者」として有名なクリストファー・ノーラン監督による映画なため、小さなミスに注目されてしまったものですが、こういった間違いを避けるのもプロダクション・デザイナーの仕事です(しかしこの例は誤字なので、校正の仕事でしょう)。

映画『ダークナイト』に出てくる新聞。宝石泥棒の泥棒部分のスペルが、Heistであるべきところが“HIEST”になっています。
source: Quora “What are some goof ups/logical inconsistencies/ mistakes in any Christopher Nolan movie?”

「プロダクションデザイナー」という言葉は、ウィリアム・キャメロン・メンジース(William Cameron Menzies)が、映画『風と共に去りぬ』(1939年)に取り組んでいるときに作られました。

アメリカ合衆国のプロダクション・デザイナー、ウィリアム・キャメロン・メンジース(William Cameron Menzies)

プロダクションデザイナーは、アートディレクターと一般的に混同されがちですが、より広く映画における美術の責任を負っています。視覚的なコンセプトを決定し、スケジュール、予算、スタッフ配置など、映画制作の多種多様なロジスティクス(輸送)に対処します。一方で、アートディレクターは、コンセプトアーティスト、グラフィックデザイナー、セットデザイナー、衣装デザイナー、照明デザイナーなどが行うビジュアル制作のプロセスを管理します。プロダクションデザイナーとアートディレクターは、映画のビジュアル要素を創造していくチームをともに率いています。

プロダクション・デザイナーの仕事のプロセス

プロダクションデザイナーは脚本を読み、インテリア(内装)、エクステリア(外装)、ロケーション、グラフィック、乗り物など、必要なビジュアル要素に基づきカテゴリーを割り当てていきます。プロダクションデザインの最初の段階では、監督とのディスカッションが欠かせません。この話し合いの中で、プロダクションデザイナーは、各シーンのビジュアルデザインに必要なモノを明確にしていきます。
そして、各視覚要素に関してのリサーチへと移行していきます。イメージ、スケッチ、インスピレーション、色見本、写真、テキスタイルなどで構成されるムードボードを使用し、アイデア出しを行います。また、時代や場所、文化について学ぶことも、アイデア出しに役立ちます。さらに、プロダクション・デザイナーは、予算内で納得のいく空間づくりを計画しなければならないので、無駄な装飾で埋め尽くすのではなく、キャラクターを語れる空間、物語の流れを引き立てる空間をデザイン(設計)していきます。このようにして、プロダクションデザイナーは、制作過程のすべての段階において、映画のすべての視覚的要素を創造していきます。

映画『トップガン マーヴェリック』のプロダクション・デザイナー、ジェレミー・ヒンドル

映画『トップガン マーヴェリック』のプロダクション・デザイナーは、ジェレミー・ヒンデル(Jeremy Hindle)
source: IMDb

映画『トップガン マーヴェリック』のプロダクション・デザイナーは、ジェレミー・ヒンデル(Jeremy Hindle)。ヒンデル氏は、今まで、『ゼロ・ダーク・サーティ』やアップルTVの『Severance』、これから公開になるNetflixの『Siderhead』のプロダクション・デザイナーも務めてきています。

そして『トップガン マーヴェリック』。1986年の『トップガン』の続編です。さて、この映画で、ヒンデル氏は、どんな仕事をしているのでしょうか。


登場するF-14トムキャット(戦闘機)は現存していない

アメリカ海軍のF-14D

F-14トムキャットは、前作『トップガン』に登場するため、今回の続編にも登場し、ノスタルジックな効果を演出しています。F-14は、アメリカ合衆国のグラマン(現ノースロップ・グラマン)社が開発した艦上戦闘機です。愛称は「トムキャット(雄猫)」。

ノースロップ・グラマン社のロゴ

しかし、このF-14トムキャットは、アメリカ合衆国ではすでに引退しており、飛ぶことができるF-14は現存していませんでした。現在でもF-14を所有しているのはイランだけでした。イランにはF-14が6機あります。しかしイランからは1機も借りることができませんでした。結局、ヒンデル氏は、サンディエゴ航空宇宙博物館にあったF-14を見つけ、それを500マイル離れた撮影場所であるタホ湖まで解体し輸送しています。このダイナミックな努力が、映画『トップガン マーヴェリック』におけるプロダクション・デザイナーの仕事のひとつです。

ヘルメットにコールサインをペイント

トム・クルーズ演じるピート・ミッチェルのコールサインは、タイトルにもある“Maverick”
映画『トップガン マーヴェリック』より

コールサインとは、飛行機が持つ識別記号であり、この映画ではパイロットの「あだ名」のようなもの。ヘルメットをしていても、キャラクターたちが誰なのかわかるようにそれぞれのコールサインがヘルメットにデザインされています。これらのデザインは、プロダクション・デザイナーが監督やグラフィックデザイナー、イラストレーターたちと協業して仕上げています。ハングマンにも、ルースターにもそれぞれそのコールサインにちなんだイラストがヘルメットに加えられています。しかし実は、実際の海軍では、ヘルメットにはこのコールサインはペイントされていません。しかし映画では、ぱっと見ただけで、誰なのか、わかるような工夫として、コールサインがヘルメットにペイントされています。この工夫は、前作からすでにされています。

映画に出てくるP-51戦闘機はトム・クルーズの私物

P-51戦闘機
source: Flying Heritage “North America P-51D Mustang”

映画出てくるヴィンテージなP-51戦闘機は、ヒンデル氏らが用意する必要がない機体でいた。トム・クルーズが所有していたからです。トム・クルーズ氏は、この戦闘機をフロリダから撮影場所まで操縦してきたそうです。

アメリカの海軍基地には、将校たちが集まる バーがある

その他に、映画には、古いバーが登場するのですが、実際のアメリカ合衆国のすべての海軍基地には、将校が来てたむろするIバー(I-Bar)なるものがあるそうです。このバーには、基地に配属された将校たちが、自分のマグカップを持参し、フックに吊るすそうです。そういったプロダクション・デザイナーによる調査も映画には反映されています。


まとめ

このように映画は、監督だけでなく、プロダクション・デザイナーも重要な役割を果たして完成しています。わたしたちは、何気なく見て、だいたいをCGじゃないかなーと思ったり、なんとなくな雰囲気を作っているだけに感じるかもしれませんが、細部にこだわった映画は、実際にあるものを研究した上で、映画にあわせてアレンジしたり、工夫したりして、わたしたち観客を楽しませようとしています。たとえば、映画『ゼロ・グラビティ(Gravity)』では、サンドラ・ブロック氏が宇宙服を脱ぐシーンがあり、脱いだあとのサンドラ・ブロック氏の肢体は美しいのですが、実際の宇宙飛行士たちは、おむつをしています。

映画『ゼロ・グラビティ』
source: Warner Bros

リアリティの追求だけでは、鼻白むこともあるので、そのへんもまた監督やプロダクション・デザイナー、アートディレクターたちの工夫でバランスがとられています。こういった話なら、映画を観る前でも、作品を楽しむ気持ちに水をささないのではないかと思い、プロダクション・デザイナーの仕事の一端を紹介しました。おもしろいことに、目に見えないところに多くの仕事や工夫が施されているものです。映画の最後のクレジットは最後までみる必要はべつにありませんが、その多さは、こういった「目に見えない仕事」の総量だと捉えても良いかもしれません。いや、クレジットに載っていないのに大切な仕事をしている方々も大勢いることでしょう。

参照


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