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幕間のブンチュン砲―週刊ブンチュンの中の人に会った話―

実体験に基づいたフィクションです。

友人に誘われて、私は生まれて初めて歌舞伎を観に行った。

いちばん後ろの座席に腰をかけて、第一幕が始まるまでの間、私と友人は歌舞伎とも芸能界とも無関係の当たりさわりのない話をしていた。

私たちはいつもそうだった。舞台、映画、ライブ。近くの座席には大ファンや関係者が座っているかもしれないのだから、悪口を言うのはもっての他で、たとえ誉め言葉であっても評価を口には出さなかった。

ただ一つ気になることがあった。友人の目の前に座る男性の髪の一部が1㎝ほど立っていたのである。

たかが1㎝といえども、舞台を観るには少々目ざわりであった。

友人も同じことを思っていたようで、私と目があうと苦笑した。

私はスマホのメール画面に、
「ツンツン、邪魔だね。」
と入力すると、彼女にそれを見せた。彼女は笑いをこらえていた。

第一幕が終わり、幕間になると、ツンツン頭の男性の左隣に座る初老の男性が、突然、

「彼は、週刊ブンチュンの記者でね。この間のシンガー・ソングライターの麻薬の記事は、彼なんだよ。」

とかなり大きめな声で話し出した。初老の男性の左側に座る彼の娘さんと奥さんと思われる女性たちは、

「すっごーい!」

と声を挙げたが、廻りのお客さんは、客席に芸能記者がいることにドン引きしているようだった。初老の男性は周りのお客さんの様子には気づかないのか、気づいていてもそのことを自慢したかったのか、

「彼はね、4カ国語が堪能だから、海外にも取材に行くことがあるんだ。」
と続けた。

「キャッ、素敵。」
と、娘さんとおぼしき女性が反応した。

「彼、顔もかっこいいだろ?」
と初老の男性は、娘さんとおぼしき女性に聞いた。

彼女はツンツン頭の男性の顔を覗きこむと、
「とっても、かっこいい!」
と嬉しそうだった。

初老の男性は、ツンツン頭の男性に、
「うちの娘、どうだ。可愛いだろ?」
と聞いたので、

ツンツン頭の男性は、
「ええ。」
と低い声で答えた。

すると、初老の男性は、
「よし!決まりだ!これが終わったら、今日はみんなで食事だ!」
と言うと、

娘さんと奥さんが、
「嬉しい!」
と声を挙げた。

「ちょっと、トイレに行ってくる。」
初老の男性が立ち上がると、娘さんも奥さんも立ち上がって、三人は客席から出て行った。

ツンツン頭の男性の表情は、真後ろに座る私たちにはうかがいしれなかったが、彼の右隣に座っていた同僚と思われる男性が目をカッと見開いて、彼の方を向き、

「おまえ!大丈夫か⁉」

と言わんばかりの青ざめた表情だったことから、推測できた。

(ご愁傷さま)

私は、スマホのメール画面にそう書いて、隣の彼女に見せると、彼女は小さくうなづいた。

舞台が終わり、彼女と私は車に乗った。

「週刊ブンチュンの記者って言っても、ツンツンはたぶんフリーみたいなもんでしょ?それで、あの初老の男性って、たぶん、取材費を出してくれるスポンサー的な人でしょ?」
と私が言うと、

彼女は、
「たぶん。」
と素っ気なく言った。

「スポンサーのお嬢さんを紹介されたら、結婚するしかないのかな?断ったら、取材費なくなるもんね。芸能人の不倫や政治家の不正を暴いたりする週刊ブンチュンの記者でも、こわいものってあったんだね。」
と私が言うと、

「そうだね。」
と彼女は興味なさそうに返事をした。

「それにしても、ツンツンとその同僚が、私たちの目の前に座っていたのって偶然だったのかな?」
と私が聞くと、

彼女は、
「さあ、どうだか。」
と、答えた。

今日出演していた歌舞伎俳優の婚約者だと噂される彼女の感情は、友人の私でさえも読み取れなかった。

(さすが、……。)

私は一人で納得した。

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