自動洗浄の穴―女子の個室トイレであわや⁉―
実体験に基づいたフィクションです。
“可愛い子には旅をさせよ”とばかりに、私の母は、ある地方都市の空港と羽田空港間のお子さま一人旅を計画し、羽田空港で私を送り出した。
気流の関係で40分早く地方都市の空港に着いたため、迎えに来ているはずの親戚の姿はまだ見えなかった。
その親戚の家に電話をすると、今から家を出るので、空港に到着するまであと30分はかかるとのことだった。
私は電話が終わると、その親戚が来るまで、空港の到着ロビーのソファに座って待とうとした。
(今のうちにトイレに行っておこうか。)
そう思った私は、空港の女子トイレに向かった。
私が乗っていた便が到着して、結構時間が経っていたこともあり、トイレの利用者は私だけだった。
私が個室トイレに入って用をたし、トイレットペーパーで拭いている最中に水が流れた。当時、自動で水が流れるトイレは珍しかったので、私は驚いた。
トイレットペーパーが流れていないので、私はスイッチをさがした。少しすると、黒いパネルに手をかざすと水が流れることがわかった。
ガチャッ
隣のトイレに誰か入ったようだった。
私は個室トイレを出ると、洗面所で手を洗った。
カチャッ
隣のトイレのドアが開き、女性が出てきた。
「すいませ~ん。トイレの流し方を教えてくれませんか。」
(やっぱり、他の人もそうなるよね~。)
私は、その女性が入っていた個室トイレに入ると、
「こうやると流れるんです。」
と先ほど発見したばかりのことを、さもずっと前から知っていたと言わんばかりに黒いパネルに手をかざして水を流した。
ギギギギギー
個室トイレのドアが閉まるのに、実際はそんな音はしない。
でも、そんな擬態音が私の脳内の中で、非常サイレンのように鳴り響いた。
まるでコマ送りを見ているように、個室トイレのドアがゆっくりゆっくり閉まり、私とその女性は、せまい空間にとうとう二人になってしまった。
(えっ⁉何⁉ドアが自然に閉まった?)
(彼女が閉めた?そんなバカな⁉)
(だって彼女、女でしょ?女⁉女じゃないの?)
(私が女だと思い込んでいただけで、実は男?)
私は初めて彼女の顔をちゃんと見た。
身長が高めで、ほっそりしていて、肩まで伸びた髪はゆるい巻髪で、顔は、顔は、
やっぱり、どう考えても女だった。
でも、私は安心できなかった。
彼女の目は笑っていなかったのだから。
(いや、何なの⁉)
私は普通に立っているように見せかけて、小さいときからずっと習っている空手の構えを心の中に描いた。
(何か私にやってきたら、許さないんだから!)
すると、彼女はニコッと笑うと、
「教えてくれて、ありがとう。私、田舎者だからわからなくて。」
とそそくさと出て行ってしまった。
私は呆気に取られた。
(私の思い過ごしだったのだろうか。それとも、私の気迫に押されて、逃げて行ったのだろうか。)
私はトイレを出ると、親戚が来るまで、売店のスタッフがいる所からずっと離れなかった。
数年後、テレビニュースを見ていると、50歳代から60歳代の女性たちが某国から集団帰国している様子が流れていた。
私はある女性を見て驚いた。あのときのトイレの女性に似ていたのだから。
ネット上では、この中に現役のスパイがいると騒がれていた。
さらに、数か月後、その女性のうちの一人が覆面で週刊誌のインタビューに答えていた。
「実は、ときどき日本には帰国していたの。警備のゆるい地方都市の空港を使っていたのだけど、帰る度に日本はどんどん進化しちゃって、空港内の“動く歩道”に初めて乗ったとき、『私なにやってるんだろう』って、『自分の足でも歩かなくなっちゃったよ。工場のベルトコンベヤーに載せられた商品みたいに、どこかに運ばれて行っちゃうよ』って。」
「トイレの自動洗浄もそうだった。『自分のタイミングで流すのも許されないのかよ』って。それだけじゃなくって、便器に残ったトイレットペーパーの流し方がわからなくて、焦っちゃって。たまたま居合わせた女の子に聞いたら、当たり前のことのように教えてくれたから、私、『今の日本人は誰でも知っていることなんだって。私、普段日本にいないのバレちゃう』って、さらに焦っちゃって。『田舎者だからわからなくて』って口走っちゃったんだけど、当時はまだ、自動洗浄トイレって、そんなに普及していなかったから、墓穴を掘ったわね。」
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