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多国籍ゼミのバーベキュー

実体験に基づいたフィクションです。

あと2週間で夏休みに入るというとき、大学院の研究室の教授から声を掛けられた。

「今年、京都の山奥で非常に魅力的なゼミが開催される。君も行ってみてはどうか。」

正直に言うと、私は気乗りしなかった。そういったたぐいのゼミに参加する院生は、ほとんどが旧帝大と早慶ばかりなので、Fランの院に通う自分は場違いになるのではないかと思った。

「狭い世界にいないで、広い世界を見た方がいいぞ。」
と、旧帝大出の教授はくったくの無い笑顔を私に向けてきた。

(ここの院を出て、運よく優良企業に就職できたとしても、旧帝大出や早慶出の同期や上司に格の違いを見せつけられる未来は、自分でもたやすく想像できる。まあ、それを今から知って慣れておくのもいいか。)

結局、自分が在籍する大学院からは、私一人だけが参加することになった。

早朝、京都駅の近くでバスに乗り込んだ。バスは市街地を抜けどんどん山奥に入り、小さなバス停で泊まった。

山奥には似つかわしくない白くて堅牢なコンクリートでできた大きな建物の中に入って受付を済ませ、荷物を指定の部屋に置くと、すぐに最初のゼミが始まった。

他大学の院生は、無遠慮に私をジロジロ見てきた。事前に、参加者の氏名と大学院名がメールで送られてきていたからだ。

東大京大阪大で全体の8割、早慶1割、地方難関国立大1割で、私が悪目立ちしているのは明らかだった。

短時間の休憩を挟み、ゼミが次から次へと進み、質疑応答も活発に行われたが、私が理解できたのはほとんどなかった。

遅めの夕飯は、外でバーベキューだった。大きな丸テーブルがいくつか置かれ、各10人前後が座った。知りあいが一人もいなく、ゼミで格の違いをまざまざと見せつけられていた自分は、フラフラと空いている席に座った。

気づけば、同じテーブルに座るのは、自分以外はみな外国人留学生だった。

日本人だろうが、外国人だろうが、このゼミに参加した院生で私は一人ぼっちだ。

日本語だろうが、外国語だろうが、このゼミではみんな何を言ってるのか私にはわからない!

私はもうどうにでもなれという気持ちだった。

「モッタイナイネ!モッタイナイネ!」

アメリカ人留学生が立ち上がって、肉を豪快に鉄板にぶちこんでいった。

(さすがアメリカ人、バーベキューなれしてる)

と私が感心する間もなく、そのアメリカ人は肉をどんどん投入していった。みんなは丸焦げになる前に食べるのに必死になった。ただ空気が読めない人なだけだった。

「ブタ?」

見ると、左隣に座るインド人留学生が肉を指しながら、私に聞いてきたので、

「ノー、ブタ!ギュウ、ウシ!」

と答えた。

「モッタイナイネ!モッタイナイネ!」

アメリカ人留学生は、みんなにおかまい無しに、なおも肉を鉄板にぶちこみ続けた。

「アメリカ人め!」

見ると、右隣のドイツ人留学生がアメリカ人留学生を睨んでいた。

「私の国はアメリカに空爆された。」

ドイツ人留学生が憎んでいたのは、目の前の焦げた肉ではなく、自国とアメリカとの悲しい歴史だった。

(日本人もそうなんだろう?アメリカを憎んでいるんだよね?)

彼は目でそう訴えてきたが、私には適切な英語は出てこなかった。

簡単な英会話もできず言葉に詰まる私を、彼は誤解したのか、明るい話題に変えてくれた。しかも、簡単な英単語だったので、私は適当に相づちを打つことができた。

グスン、グスン。

左を見ると、インド人留学生が泣いていた。私は日本語で話しかけてみたがダメだった。簡単な英語でもダメだった。

「彼は、英語も日本語も話せないよ。」
とドイツ人留学生が英語で私に教えてくれた。

「彼は、英語のゼミや講義以外は、日常英会話も日本語もわからないから、ホームシックになっているんだ。」
とドイツ人留学生が英語でさらに教えてくれた。

すると、私をはさんでドイツ人留学生がインド人留学生にスペイン語でジョークを言い始めた。インド人留学生は泣きながらときどき笑い声をあげていた。

後で知ったことだが、カースト上位のインド人は、カースト下位のインド人の優先枠に押されて、成績優秀でも自国の大学には進学できず、留学せざるを得ないということだった。

しかし、彼が公用語の英語の日常会話がわからず、公用語以外のスペイン語ジョークが通じるのは、結局わからずじまいであった。

「モッタイナイネ!モッタイナイネ!」

見ると、肉をすべてぶちこみ終えたアメリカ人留学生は、イギリス人留学生とフランス人留学生と肩を組んで陽気に踊っていた。

私とインド人留学生とドイツ人留学生は、半分焦げた肉を食べ続けた。

バーベキューが終わると、東大のリーダーっぽい院生が私に声をかけてきた。

「君って、英語ができるんだね⁉君たちいちばん盛り上がっていたよ!」
と、羨望のまなざしで私を見てきた。

私はあいまいにうなずくしかできなかった。

ゼミから戻ると私は教授に報告した。

「確かに魅力的なゼミで、世界が広がりました。」
と。

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