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沼田まほかるの「九月が永遠に続けば」を読んだ

前に読んだ「ユリゴコロ」が面白かったので引き続き沼田まほかるの著作を読んだ。

41歳の佐知子は夫の雄一郎と8年前に離婚し、今は高校生になる息子、文彦と二人でマンションに暮らしている。
普段と何も変わらない日常の延長であったはずのある晩、佐知子に言われてゴミを捨てに行った文彦がそのまま失踪してしまう。
近所に住む文彦の同級生ナズナとその父親、服部の助けを得ながら文彦の行方を追う佐知子。
佐知子と雄一郎の離婚の原因は、精神科医である雄一郎の病院に入院していた患者、亜沙実だった。
亜沙実は過去の凄惨な監禁・レイプ事件で精神に異常をきたした上、望まない妊娠をし、冬子という娘を出産していた。
文彦の消息をつかむため関係者に話を聞くうちに失踪には冬子が関係していたらしいことを突き止める。
義理の兄妹という関係であった文彦と冬子の間にはどんな秘密があったのか。
さらに冬子と恋愛関係にあった犀田という青年の死。
事故なのか他殺なのか。
佐知子は犀田が冬子と恋愛関係にあることを知りながら、自身も犀田と関係を持っていた。
犀田の死と文彦の失踪には何か関係があるのか。

というミステリーなストーリー。

「ユリゴコロ」と同じく、あっという間にストーリーに引き込まれ、グイグイ読み進めていたのだが、途中亜沙実が入院中、発作的に自傷行為をする現場を佐知子が目撃する描写があり、そこがあまりにグロテスクかつ記述が長く重すぎたため、申し訳ないが読み飛ばしてしまった。
亜沙実がいかに凄惨な暴行を受け、心が砕けてしまったかがわかる場面だった。

文彦の行方を追う過程で様々な事実が明らかになって行くストーリーは面白かった。
しかし、主人公である佐知子の言動から自己中でかつ身勝手で視野の狭い、非常に女性的な距離感、世界観が感じられて佐知子のことがあまり好きになれなかった。
失踪した息子を探し出すため、なりふりかまっていられない。
藁をもすがる思いで切羽詰まった行動をとる。
そんななかに絶えず横たわるわずかな図々しさと甘え。

亜沙実の自傷行為の場面にしても、ストーリー上、佐知子に目撃させる必要があったのだろうけれども、看護師でもない、ただの院長の妻である佐知子が拘束されるほどの重度の精神疾患患者の病室にのこのこ入っていくのが不自然だ。
そのため事前に「病院で数時間ボランティア的に作業していた」という描写がある。
「院長の奥様」という絶対に安全な場所から重度精神疾患者の発作を目撃する奥様。
部外者がそんなところでうろうろしてんじゃないよ、図々しい。と思ってしまった。

そしてその女に夫を奪われてしまう。
亜沙実には人を狂わす魅力があり、それがこの小説の肝でもあるので、人知を超えた揺るがしがたいほどの大いなる力のように書かれている。
医師である雄一郎ですらその力に取り込まれてしまったのだが、彼が佐知子の元を去ったのはそれだけではない気がした。
圧倒的、神がかり的な亜沙実の魅力にその辺の女は太刀打ちできないことを差し引いても、あまりにも佐知子に人間的魅力がなさすぎるのだ。

人間的魅力という点では大阪弁丸出しでかいがいしく佐知子の世話を焼き、文彦捜索に多大なる貢献をする服部というおじさんの方がよっぽど情深く人間味がある。
最初は下心丸出しで佐知子に近づき、文彦失踪後には家にドカドカ上がり込み、料理をし、たばこをふかす服部の行動を容姿も含めて作者は醜く描いている。
それら全てに佐知子は嫌悪感を抱き、イライラして当たり散らす。
距離感なしにパーソナルスペースを侵害してくる他人を疎ましく感じ、緊急で非日常的な精神状態の中でその気持ちが爆発してしまう気持ちは理解できる。
かといって、佐知子の方が常識人で服部が単に図々しくデリカシーのない人間かというとそうでもないと思う。
佐知子には別な種類の図々しさがあり、嫌悪をもよおさせる行動もある。
その描き方が上手いなと感じた。

つい最近読んだ本なのに、登場人物の名前や設定など、かなりあやふやでネットで調べながらこの感想を書いた。
初見ではストーリーを追うのに夢中でその中の人物描写や心の機微を自分なりに読み解く余裕がない。
途中、いろんな違和感に気づいてもそれについて深く考えたり読み返すことより先が気になってしまう。
今こうやっていろいろ考えてみると、読んでいる間はこう感じていたけれど、もう一度最初から読んでみたらどう感じるだろうと思うことがたくさんある。
図書館で借りた本なので今、手元に現物がないのが悔やまれる。
一度読んだら感想を書いてみて、疑問に感じたことを深堀する時間、それこそがちゃんと「本を読む」ということかもしれない。

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