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青空の下、栗

甘栗を買った。イトーヨーカドー前の露店にて、2/1㈫まで、の張り紙を見て。
初めて買った。けれど、これがないと今年の冬は終われない気がした。
「一番小さいのを下さい。ハゼ栗の」

暖かい日だった。陽射しがしっかり大地を温めていた。風は落ち着いている。土手のベンチに腰掛けて、日向ぼっこする人たちに混ざる。右斜め上から降る光に心地よくなって、ぼくも目を瞑る。
まだ真冬と呼ばれる季節だけど、お日様はきちんと照らしてくれる。地軸の傾きの仕業で少し遠くに感じるだけ。
ふっくらとした小鳥はとたとたと歩く。姉の自転車は坂の上で妹を待っている。


剝かれていない栗をはじめて剝く。力を込めれば、ぱりぱりと割れ目が入る。ぼくはこの手で栗をむいている。
鬼皮、渋皮、それらを除いて身を取り出す。見慣れたはずの栗の実はいつもよりよく見えた。現実的に、少しグロテスクな要素を含んで。
口に運んでしまえば、甘い。栗。この冬はまだモンブランケーキしか食べていなかった。栗。これが栗であった。そうだった。
もう一つ、ぱきぱきと実をとり出す。風が吹くと少し冷える。乾燥して白んだ手で栗の実を口に運ぶ。甘い、栗。
かさかさと草を踏んで、小鳥たちがベンチに近づいてくる。これはぼくの餌なので、あげない。

栗をむいて、食べる。栗をむく速度とお腹の減り具合はちょうど釣り合うと思う。
もし、剝かれていない栗を食べ続けるのであれば、ぼくは他に何もできない。栗をむくことが活動で、そのためのエネルギーを栗からもらう。何かをすり減らすことのない、ワークライフバランスのとれた人生だ。

最後の一つは、なかなか割れない曲者であった。甘い、栗。
ひたすらに栗と向き合っていたら、いつの間にか一時間ほど経っていた。風が出てきて指先に力が入らなくなってきたから、そろそろ帰ろう。皮の入った紙袋を丁寧に折りたたんで立ち上がる。
飛行機が青い空をすべっていく。

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