小説を書く。その69【BL小説】
「では、再会を祝して」
「乾杯」
細身のグラスをカチリと合わせる。淡黄色の液体が動きに合わせて揺れる。
「ほんとに久しぶりだな。何年ぶりだ?」
「お前の結婚式以来だから……二十年くらいかな」
いつものバーで懐かしい顔に出会った。高校の同級生だった新見。年月が経ってもヤツのイケメンぶりは相変わらずで、印象はまるで変わらない。いや、目尻の皺や肌の張りはさすがに衰えも見えるが、それが返って男を上げてるというか。年齢を重ねて熟練した味を醸し出している。
「そんなに会ってないか? お前飲みに誘ってもなかなか来てくれなかったもんなあ」
悪い、と口元を少しだけ上げる。その僅かな仕草すら様になっている。顔がいいとつくづく得だなと、つい大人気ないことを考えてしまう。
「いやぁ、しかしお互い年とったな。もう来年は五十だぜ、俺ら」
「そうだな……」
バーのカウンターに横並びになって、慣れた手つきでグラスを傾ける。十代の頃には考えられない情景だ。
「上の子なんか今年成人してな。あ、写真見るか?」
「見せたいんだろ」
半ば呆れたように嘆息する相手に、いそいそとスマホの画面を差し出す。娘の成人式の写真だ。
「……お前に似てるな、娘さん」
振袖姿の我が子の写真を見て、新見が目を細めた。
「そうか? そうかな」
似てると言われるとやっぱり嬉しい。
「お前は? ご家族は」
「――離婚したんだ、半年前。子どもはいない」
淡々と感情を乗せずに言うものだから、どう反応していいか分からなかった。
「そ……そうか」
なぜ、と訊いていいものか逡巡していると、見かねたようにヤツがふっと笑った。
「大した理由はないよ。強いていえば価値観の相違ってやつかな」
そう言うと、カウンターの奥にある酒の並んだ棚を眺める。その横顔は、何かを思いつめたようにも見えた。
「新見……」
「お前が幸せそうで安心したよ。松永」
俺を見て、言葉とは裏腹に何故か寂しそうに微笑む。
昔だったら、その表情の裏にある機微まで分からなかっただろう。
俺の馴染のバーで、今まで一度も遭遇したことのなかった新見に、今日“偶然”再会したこととか。何故、そんな顔で俺を見つめてくるのかとか。
何かを決心したような、思いつめた表情だった。俺に何か告げようとしている、そう感じた。だが、ヤツは口に出さない。
口に出さないのなら、新見は俺に告げるのをやめたのだろう。それなら俺から問うこともやめておこう。
相手の気持ちを慮れるようになったのかと自身の重ねた年月を思い、俺もそれなりに経験を積んだんだなと苦笑した。
「今日、お前に会えてよかったよ」
もう一度グラスを差し向けて、乾杯を促す。新見は黙ったまま、手元のグラスを重ねてきた。
また一緒に飲もうと口約束を交わし、店の前で別れる。
次に会うときは、きっと。
あいつが心変わりして、何かを告げてくれるなら、俺もきっと。
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