2028年8月28日

広島県の中でも山口県寄りにある山奥の誰も名前知らないような村に住んでいて、人間として不思議な魅力があるがゆえにすごくモテて、何度か結婚と離婚を繰り返した挙げ句、7人の子供を持つことになった腕にタトゥーが彫ってある男性に、俺は5年後会いに行きたい。そこで俺はその7人兄弟のうちの一人の連絡先を教えてもらい、その電話番号が書かれた紙だけを握りしめて広島空港に向かい、そのまま北海道行きの便に乗る。初めて降り立った札幌は夏なのにやけに涼しくて、北海道民は観光客が来ましたね、と言わんばかりの表情でこちらを見てくる。一番安いホテルに泊まり、そこのwifiのパスワードを入力している頃にはもう眠気が襲ってきているが、せめてこれだけは今日中に済まそうと、グルメサイトを開きおしゃれな個人経営の店を検索してお気に入りに数個登録したところでブラックアウトする。翌日、朝食はあえて取らず、昨日調べあげた情報をもとに実際4, 5件店を訪ねるが、ふと頭に北海道全域の姿が思い浮かび、その瞬間俺はあいつの店を探すのを諦める。あいつに電話をかけても繋がらず、とりあえずSMSでメッセージを送ってから、マックで読書していると、6時間後にようやく連絡が来て、送られてきた住所の果てしなさに驚愕する。もし電話番号を持たずに北海道に突っ込んでいたらどうなっていたことか…。次の日、あらゆる交通機関を使い5時間の移動の末にたどり着いたのは、大自然に囲まれているがゆえに小さく見える木の小屋。そのドアの前には知らない人が立っていて、そうか彼女があの…と思いつつ穏やかな声で「こんにちは」と挨拶すると「こんにちは!待ってました!」とハツラツとした調子で言われて、そうか、この子はあいつと対極にあるから当時から仲良しだったんだなと自分を納得させる。それから、あいつと対面することを意識して少しだけ緊張し始めると同時に期待で胸もいっぱいになり、そのうちゾーンに入っているような心地よい状態に落ち着き、ドアを開ける彼女に続いて中に入る。目の前に現れたのは、あの時と一切変わっていないクールで中性的な見た目をしたあいつで、俺はやっぱりこの人の前だとなんだかぎこちなくなるが、絶対にその雰囲気を悟らせず、あの頃の自分と変わったところを見せつけてやろうと意気込みながら挨拶しようとしたその瞬間にあいつの方から「お疲れ」と声をかけられて、あの、たった1日だけのやり取りの中にあった優しさを思い出して、その懐かしさに胸が熱くなる。「今日は定休日だからゆっくり喋っていってください、じゃあ私はこれで」ふたりきりになった俺は自然と椅子に腰をかけていて、不思議そうに内装を見渡しながらも次々浮かんでくる聞きたいことをすべて無視して「夢、叶ったね」と言う。あいつは「うん、叶えちゃった」とあの時みたいに時折見せてくれた無邪気さを語尾に含ませる。「話したいこといっぱいあるよ」と言うとあいつは「うん」としか言ってくれず、少しだけ寂しかったけれど、俺は5年分の話題を順々に話していく。「アンナカヴァンの氷、読んだよ。あなたさ、世界観があるものが好きでしょ?」。北海道の広大な土地にぽつんとたたずむ、その小さな小屋の小さな窓から明かりは漏れ出る、朝まで消えることなく。


小さい頃からお金をもらうことが好きでした