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カフェは無駄? なぜ人はカフェに行くのか。

私は今、近所のカフェに来ています。気がつけば、2週間に一回は来ているような気もします。カフェご飯を食べたり、コーヒーを飲みながらブログを書いたり読書したり色々。けれど、冷静に考えると「ちょっと待って!」です。カフェ通いの意味はあるのでしょうか、と。家でもできることをカフェでしているわけです。これって気分転換というよりも、思考停止に陥っているのではないか? 見直したく、カフェ通いは無駄なのか検証をしてみました。

※この記事は、2024/4/6 に書いたものです。
※【私のブログSTART】2024/2 WordPressにて開設→2024/4 現noteに移転


カフェに行く人の声

まずは、世間一般の声を拾ってみることにしました。私の意見は後ほどお伝えしますね。さて、カフェに行く人たちはどのような理由があるのでしょうか。ご意見を集めてみたところ、その人の価値観が見えてきて面白いです。「なるほどね」と思う意見もあれば、思わず笑ってしまうものまでいろいろとあります。

世間の人がカフェに行く理由

「こじんまりした無駄遣いが一番楽しい」

「お金貯まるやろうけどストレスも溜まりそう」

「なにが無駄遣いで何が無駄じゃないのか他人に決められたくない」

「私はその800円や1000円で幸せを買ったんだ!」

「食事にお金をかけるのは無駄じゃないと思う」

「むしろ無駄遣いする為に仕事してる」

「家に帰りたくないんだと思います」

「カフェは休憩所ではないのです(あの人、また来てるのよ~)」

「気晴らしといえば喫茶店巡り」

「1人暮らしでカフェ代月2~3万で収まっていて、それで心が休まるならいいんじゃない」

【私の意見】なぜ、カフェにいくのか

私がカフェに行く理由は、「ついで」が圧倒的ですね。カフェに行こうと決めてから行くのではなく、少しPCを触りたいなどの出先絡みの理由が多いです。正直、休憩としての割合よりも、仕事ですね。けれど、どんな理由であれ疑問が出てきます。「それって、別にカフェじゃなくて良くない?」と。

カフェにいる人たちはどんな人なのか

カフェに行くと、様々な人の日常を目にするような気がします。ひたすらに誰かの話をして楽しそうにしている女性たち、老夫婦が静かに語っていたり。おばさんたちズがはしゃいでいたり、一人で何やらノートを広げている人がいたり。この人たちの背景はよくわからないけれど、おそらくは普通の人たち。日常を少し垣間見える気がします。なんだか、不思議な場所です。

・カフェでの過ごし方をチラ見

ただいま執筆をしております隣の女性二人組なのですが、なんと、ひたすら愚痴大会をしておりました。「私の親、本当にやばくてさー」というフレーズが30分内で10回は聞いている気がします。自分の親の悪口を言うのは、個人的に苦手なタイプですが・・・まぁ、それはともかく、この方たちは愚痴を言い合うのが楽しいのでしょう。

チラッと見ましたが、楽しそうな顔をしていますもの。こういう人は結構多い気がします。ということは、普通なのでしょうか・・・? このように、自分には合わない環境に出くわすこともあります。心地よい空間になるとは限らないのが、カフェの辛いところです。

・カフェ通いは無駄なのか

ひとまず、目的は置いときましょう。コストを考えてみたいものです。一ヶ月あたりのカフェ代を算出してみれば、現実はみえてくると思います。大体は平均して一回800円前後ではないでしょうか(あくまでごく一般的なお店の話)。

一週間に一度だとしても、月にしてみれば3,000円は超える計算です。これを無駄と思うのかどうか。3,000円という金額そのものに注目するというよりも、その3,000円で得られたことを考えてみるとわかりやすいかと思います。その上で、カフェでの目的を考えてみましょう。

カフェじゃなくても良くない?

今、カフェで執筆している私が言っても説得力がないのですが・・・検証も何も、即答えは出ます。カフェは無駄だなと。カフェはストレス発散だという人もいますが、別にそのような様子の人はあまり見かけません。むしろ、暇している人が多いのかなという印象を受けますね。

なおのこと、別にカフェという場所じゃなくても良くないですか? 人とのおしゃべりでストレス発散という人もいますが、「なんだかなぁ・・・」と私は渋い顔をしてしまいそうです。ストレスを溜め込むのは良くないです。とはいえ、もう少し手法を考えてもいいのかなと。コスパにも健康にも、ウェルビーイングな観点で言えば苦いものがあります。

言い訳はいくらでも作れるよね

カフェに行く理由を「喉が乾いたから」「カフェで勉強・仕事がしたいから」など、正直ただの言い訳なだけではないですか? これは自分で自分に問いかけています。本当に生産性を求めるなら、カフェは最高の環境ではありません。コーヒーでリラックスだとしても、家でもできます。それに、摂取のしすぎは毒です。

カフェって、何する場所?

ふと、思いました。カフェとはどういう場所なんだっけと。私はその昔、まだカフェ通いをしたことがない時は、カフェとは待ち合わせの場所であったり、少しお話をしようかといった語り場でした。

なんとなく入るような感覚はありませんでした。カフェで作業だとか愚痴大会なんてのは、考えたこともありませんでした。いつから自分は作業場にしてしまったんだ・・・と今、執筆しながら愕然としております。

わざわざカフェで過ごす目的

そもそもが、カフェとは「美味しいコーヒーを味わうところ」なのではないでしょうか。リラックスができる場所ともいえますね。とはいえ、時におしゃべり、何か集中する場所にするなど、自宅以外のリフレッシュでもあります。一方で、目的もなくカフェに行くというのは・・・それも人それぞれと言われればそれまでですが、私の中での結論は無駄。書きながら、自分の中で結論が出てしまいました。ここでの無駄は、浪費という意味です。

【まとめ】目的がないと浪費になる

どこにお金をかけるかは、人それぞれの使用目的によります。カフェという場所で体験を味わうのであれば、それは意味があるでしょう。しかし、別にカフェでする必要もないことや、意味のない時間を過ごすのであれば、それは浪費でしかありません。

たとえば、今私がカフェでPC作業をしているように(もう、辞めよう)です。つまりは、お金の使い方という話です。カフェはわりと細かな出費ですが、ここを見直すことは、人生設計の根本にも繋がる価値観の形成にもなるかと思います。

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