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ビールが楽しい5つのわけ。その③ ビールの作り手達

ビールを作る仕事をしている人々のことをブルワー(brewer)といいます。小規模な醸造所で、五感を駆使してビール造りに対峙している人々については、ビール職人という日本語の表現のほうが、よりしっくりくるかもしれません。今回はビールの作り手達のお話しです。

ビールつくりの主役

アルコール発酵についておさらいしましょう。アルコール発酵とは、簡潔に記すと、糖分を食べて、アルコールと炭酸ガスをつくり出す、酵母(学名:サッカロミケス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae))と呼ばれている微生物のはたらきです。

酵母2

顕微鏡で見たビール酵母

醸し出すという言葉、酵母という言葉、言い得て妙な日本語です。ビール造りにおいては、直接ビールを作っているのは微生物である酵母達であり、人間はその世話をしている生き物係という関係です。東アジアの漢字文化においては、「亻(にんべん=人)」が「乍(ものをつくる)」という「作る」という字ではなく、醸すという言葉が使われてきました。微生物という知識がなかった昔から、酒や味噌や醤油など酵母の産物には自然への敬意が表れているように感じます。

主役が酵母という微生物であるとすれば、人間達の集団であるブルワリーの役割は、映画制作における、プロデューサー、監督、道具係り、そして配給会社のフォーメーションに準えてみると分かりやすいかもしれません。
プロデューサーと監督は、まずは、原作、伝えたいストーリーを決めます。ブルワリーでは、どのようなビールを、どのようにして楽しんでいただきたいか(同時に自分たちが楽しみたいか)をはじめに定性的に計画します。

ブルワーとは監督兼生き物係

ここで例えばプロデューサーがブルワリーの代表とし、監督は担当ブルワーとします。プロデューサーと監督は、原作とストーリー、つまり、どのようなビールをつくるかを決めました。

監督であるブルワーは、酵母を決める、原料を決める、仕上がりを決める(ろ過の有無)、容器を決める、あらゆる面をディレクションしていきます。まずは、配役です。誰が主役を務めるか、つまり酵母の種類とビールのスタイルの決定をします。ビールづくりの主役は酵母ですが、同時に酵母に仕事をしてもらう媒体としての原料は重要な助演者と言えます。原料の配合である「レシピ」を決めなければ、前に進んでいきません。

映画がプロデューサーと監督以外に、カメラマン、音声、衣装、道具、宣伝など様々の職能の人達で成り立つように、ビールづくりもチームワークです。他にも営業担当者やマーケティング・広報の担当者、配給会社である流通の方々、と様々に関わり、ようやく商品としてお届けできることになります。

役者について

映画が主演俳優によってその雰囲気が大きく左右されるように、ビールも酵母の違いによって、その出来上がりは大きく異なります。主演の役者である酵母に由来するビールのキャラクターの違いの明確さについてもう少し詳しくみていきます。

大分類=エール酵母とラガー酵母、中分類=スタイル、ビール酵母以外=ハイブリッドな創造性

ビールには大分すると、20℃近辺を好む上面発酵酵母によるエールスタイルと10℃近辺を好む下面発酵酵母によるラガースタイルに分かれます。これら酵母はサッカロミケス・セレビシエに分類される酵母達ですが、醸造家達は、エール酵母、ラガー酵母という大分類に続いて、中分類として、英国由来のペールエール、バイエルン由来のヴァイツェン酵母、アメリカ西海岸スタイルのIPAに適した酵母と様々に選択しています。その他事例としては、日本由来の清酒酵母も選択することも、ワイン酵母に委ねることもあります。私たちCOEDOビールでは、入手困難でまだ試みたことがありませんが、中国由来の老酒酵母も選択可能なオプションです。そして、これら通常の範疇の酵母達以外にも、少し種の異なるベルギー・北フランス由来のセゾン酵母(学名:サッカロミケス・ディアスタティカス(Saccharomyces diastaticus)、サワービールを作るときに使う酢酸生成するブレット(学名:ブレタノマイセス(Brettanomyces))と多様です。ここまで読んでいただいて、様々な種が存在しているのはお分かりいただけたと思いますが、「では、一体何が違うの?」、ふつふつと疑問が沸いて来られたかもしれません。
彼らの違いは、基本的には、
・どんな糖分が好きかということ(ぶどう糖、果糖、ショ糖、麦芽糖等)
・アルコール耐性のレベル(高濃度アルコールは殺菌剤です)
・糖分の分解力が旺盛であるかということ(旺盛であればドライに仕上がります)
・天然化学物質としての香気成分の生成(エステル。バナナ・イチゴ・パイナップルを想わせる香り、甘いアプリコット・パイナップル様の香り等表現されます)
です。例えばヴァイツェンのあのバナナ香は酵母が醸し出してくれた香りです。こうした酵母達に出会ってくれた先人に感謝しなければなりません。

このように、自由な酵母の選択がビールの創造性を高めてくれるもう一つの要因です。原料の選択が自由で、酵母の選択も自由。酵母を選ぶということだけでなく、現代でも、古式製法と言える蔵付酵母による自然発酵に、発酵を完全に委ねているビールメーカーも存在しています。例えばベルギー・ブリュッセル市内にあるカンティヨン醸造所などはその代表例です。

渋生

「渋生」/ YEAST DIVERSITY ALE

また、主演は一人とは限りません、複数いるケースもあります。例えば、渋谷区観光協会公認 “渋谷ご当地クラフトビール” 渋谷区エリア限定ビール「渋生」(しぶなま)では、ビール酵母、ワイン酵母、日本酒酵母の3種類の酵母が主役として共演し、渋谷に集まる人々の多様性を表現した、YEAST DIVERSITY ALEを醸してくれています。

舞台挨拶を役者も視聴者も楽しむ

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ビールを実際に作っている役者である酵母に会うことはできませんが、ブルワリーに来ていただいたり、イベントの会場などで監督(=ブルワー)には実際に会えることが、小規模醸造の顔の見える関係の魅力と私達クラフトビールメーカーでは考えています。普段、チームで醸造を行っているCOEDOですが、限定ビールの醸造については、いつもある一人のブルワーが監督を務めます。こうしたビールは、視聴機会が限られている、ミニシアターで単館上映される映画のような存在です。数量と醸造機会が限定なので、一期一会なものです、出会っていただいたときには、ぜひお試しください。そして今回は誰が監督かを尋ねていただけると、監督であるブルワー自ら作品についてお話しすることができますので、会話も楽しんでいただけますと、まさにクラフトブルワリー冥利につきる、とてもうれしいことでもあるのです。

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