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遠い記憶〜その九〜(社会人デビュー)

この表題で書こうとして手が止まって,随分と経ってしまった。と言うのも
同じような話を前にも飼いたような気がしたので重複もやだなあとか思って。
振り返ってみたら、次男くんの内定が発端の投稿だった。

その次男くんは、ただいま新人研修中

今回は自分の昔話。新人の思い出

大学を単位ギリギリ,『何年かに一度の奇跡』と先輩・後輩に揶揄🤣されながらも、4年で卒業,とある中堅企業に就職。地元に事業所があってそこに配属となる。
大手電機メーカーの設計だけを担当している会社なので、大手メーカーの工場がある所にはほとんど,寄生虫のように我社の事業所がある。要は完全子会社である。就業条件,業務の内容は親子間でほとんど変わらないが,給料には差が生じるのが子会社の悲しい所。

でも,若い頃はそんな事は気にもしていなかった。だって自分の小遣いがそれまでとは信じられないくらいに増えたのだから。(バイトと比べる方がおかしい😅)

その頃は,業務形態も曖昧で,職場事務所も親会社と同じ席を並べ,指示を受ける上司は親会社の人だった。そんなだから自社社員か親会社の社員かすらも曖昧な時もあったりして。自分の査定を誰がやるのかなんて気にもしなかった。今では信じられない雇用形態である
仕事の話はこういう場で話してはいけないらしいがもう30年も昔の話,今とは全く違うことを予め書いておきます。

新人一二年目で忘れられない出来事のを一つだけ。残業時間中,自分のやることを処理している時に,先輩社員(親会社)から,『シゲくん少し残ってもしかするとKくんと交代してもらうかもしれない』の指示。先輩に指示されれば交代せざるを得ないか🤔21時を過ぎた頃,先輩社員に呼ばれ,二人に合流。評価試験が芳しくない様子。30分経過後、先輩はKさんに『電車がなくなるから帰っていいよ』の指示
この言葉を聞いた時にすごい違和感。確かに先輩は徒歩15分の社宅にお住まい(既婚)自分は原付で20分の実家から通っているので何時になっても帰れない事はないが。。

23時過ぎに,評価試験の様子が好転してきたところで先輩曰く『シゲくん,あと一通り、1~10までのデータとったら終わりにして帰ろう』の談「明日にしよう」では無い。=あと最低1時間はかかることが判明。まぁでもやれば終わる,先は見えた。先輩は試験場所から離れていった。ところがほとんど終わりのところで評価結果に変調。判断仰ごうと事務所に電話しても繋がらず、仕方なく事務所まで出向くと事務所の中は空、唯一いたのは無関係なチームメンバー。『おーっシゲくん頑張るなぁ💪❣️』の笑い声⁉️『あのー先輩来ませんでした?』の問いに,『さっき戻ってきて15分くらいしたら帰ったよ』との回答😱 これには絶句した‼️

アホらしくなって、良かれ悪かれ無視して取り敢えずのデータ取って帰った。もちろんデータは先輩の机の上に提出して‼️

翌日,朝一番,先輩は、自分の顔見て『何このデータダメじゃん』『なんですぐに報告しないの』だと💢
『事務所に来たら帰った後で深夜だったので電話は控えました』
と言ったら,気まずそうな顔しながら『分かった続きはK君にやってもらうから』だそう。悪かったも、ありがとうも、ご苦労さん、の一言もない。
 同じく本来の担当のKさんからも何も言われない。代わってもらったことに何も感じないのだろうか⁇

以降,この二人とは数年一緒に仕事をしたが不信感がなくなる事はなかった

またこの経験を教訓に,自分が与える側依頼する側になった時にやってはいけないことと肝に据えて仕事をしてきたつもり。

自動化、機械化、AIだと言っているが最後の最後は人とのつながり方を大切にしたいなあと今でも思う

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