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『メルカリ』という映画の中で、ネオのように目覚めて、タイラーのように生きている。episode 11

●新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る


柔術を始めた頃は、
自分に『世界チャンピオン』の称号が付く日が来るなんて、
ゴジラとセーラームーンが闘うぐらい、
想像すら出来ない話だと思っていた。

"価値が無い"と思われていた
僕の左腕の障害は、

『パラアスリート』という名の
"新たな価値"を生み出した。

そして、
パラアスリートだったからこそ、
44歳にも関わらず、
僕は世界的な舞台で闘うチャンスを貰えた。

何に価値が無くて、
何に価値が有るのか⁉︎

何が必要で、
何が必要ないのか⁉︎

その答えは人それぞれで、
価値観は無限にあることを実感した。

メルカリアスリートになるのは
まだ数年先だが、

自分にはもう価値のない物が、
誰かにとっては、とても価値がある物であったり、
またその逆もある。
まるでメルカリのシステムのような人生だ。

●拘り


2017年11月には、
アメリカで開催された
『SJJIF世界柔術選手権 パラの部』
にも出場。

2018年4月には、
再び
『Abū Dhabī WORLD パラ柔術 festival』
に招待していただいた。

ブラジル、アメリカ、UAE、ロシア、モンゴルetc.....

世界のパラ柔術アスリートたちは皆、
気さくで陽気、
明るくて親切、
そして
その佇まいが本当に格好良かった。


殆どの選手が、自分と同じように、
パラ・カテゴリーの試合だけでなく、
一般の試合で健常者と勝負していた。

言葉は通じなくても、世界中に仲間はいる。
自分は孤独じゃない。

柔術、そして後に始めるもう一つの競技も、
僕は
パラ、一般、どちらにも出場している。
それは僕の拘りで、
その拘りは、
Abū Dhabīでの、世界中のパラ柔術アスリートたちとの出逢いによって創られてきた拘りだ。

Abū Dhabīからスタート。

まるで
映画『LIFE!』の主人公のように、

空想ばかり、妄想ばかりの人生だった
僕の毎日は、

冒険の旅へと変わった。

(続く)

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