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The Melody At Night, With You / Keith Jarrett

「今日はこれを聞いてみてください、キースなんですけど」。いつものバルヴェニーを飲んでいると、マスターがあるアルバムをかけ始めました。店に入ってくると決まって僕が好きなSarah VaughanやBill Evansをかけてくれるのにどうして?

 Keith Jarrettはあまり好きじゃないと知ってるはずなのにな・・それでもなぜか音楽から耳をはずせない。引き込まれていく。「このやさしい感じはなんだろう。一音一音を大切にしながら、心を込めて弾いている」。ふと気付くと、カウンターでただ音楽に聴き入っている自分がいました。

 それがこのアルバム、The Melody At Night, With Youです。Keith Jarrettは慢性疲労症候群という難病を患っていました。慢性疲労症候群は、回復しない激しい疲労、倦怠感により時には社会生活や日常生活までも障害されてしまうやっかいな疾患です。幸いなことに、長い闘病の末、復活を果たすことができました。彼が復帰する99年まで、闘病生活を支えたのが妻のローズ・アン・ジャレットです。その妻に捧げて、自宅で録音されたのが本作なのです。

 収録曲はスタンダードとして有名な曲ばかり。最初の「I Love You, Porgy」から心に奥深く染み入ってきて、4曲目の「Someone to Watch over Me」あたりから心が震え始め、5曲目の「My Wild Irish Rose」では目頭が熱くなります。この曲ってこんなに美しい曲だったんだ・・・そんなふうに感じる瞬間が何度もやってきます。決してテクニックに走らず、奇抜なアレンジもなく、淡々と誠実に演奏される音楽に心の曇りが晴れていきます。

 この話はかなり前のことです。当時私は職場を変えようかと真剣に悩んでました。その日も、自分のことしか考えない上司と大げんかしたところだったのですが、マスターはそんな私の心の乱れをわかっていたのでしょう。

 しばらく経ってから、なぜわかったのかマスターに聞いてみると「いつもより飲む間隔がゆっくりで、時々グラスをじっと眺めてらしたので」。きっと私はひどい顔をしてたんでしょうね。一流のバーテンダーは一流の心理カウンセラーでもあります。このマスターとは他にもいろんなエピソードがありますので、またの機会に。

 このアルバムは私のベスト10に入る名盤だと思っています。ぜひ、聴いてみてください。

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