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可哀想な女とアセクシャル

彼氏いつになったら作るの?
売れ残っちゃうよ、いい男はもう売れちゃっているし。
一回SEXしちゃいなよ、やれば大したことないって分かるよ。

「しがつ」という名前、私が四月生まれという安直な理由でつけたものなんですが、この四月で27歳になりまして。

この歳になっても一向に彼氏を作ろうともしない私は、女友達の目には違う星から来たエイリアンのように映っているような気がします。


恋愛に興味がわかない人もいると知ってもらえたら、どんなに息がしやすい世界になるんだろうと空想してしまいます。

私の理想は、飲み会で恋愛の話をするときに、「というか、まず恋愛に興味ある人?」と当たり前に聞いてもらえる世界です。

アロマンティックやアセクシャルについて理解はされなくても、認知はしてもらえる社会になればいいのに、とそんな密かな期待もあってこのnoteを書いていたりします。


というか、この「売れ残っちゃうよ」という発言、とっても気持ち悪いですよね。

私、モノじゃないんだけど!!と突っ込みたくなります。

そしてこの「売れ残っちゃうよ」発言の裏には、「男に選ばれない女なんて恥ずかしい」とか「誰からも愛されないなんて価値がない」みたいな、そんな考えがチラチラ見え隠れしている気がしてしまうのですが、私の思い違いでしょうか。

考えてみれば、日本だけでなく、今いるアメリカでも“女は男に選ばれてなんぼの存在”みたいな考えがある気がします。


プロポーズのシーンを思い描いてみてください。

必ず男性が膝をついて「結婚してくれますか?」と女性にプロポーズしていませんか?

私の周りの女友達にも「彼氏が一向にプロポーズしてくれない」と愚痴っている人がいますが、私には彼女の気持ちが理解できません。

なぜ結婚が自分にとって大事だと分かっているのに、その結婚の決定権を他人に渡せるの??

もし私が彼女で、結婚が自分の人生にとって大事なモノだと考えているのなら、私は自分でそれを決定したい

自分でプロポーズしたい。
自分の人生の舵は、自分で切りたい。

他人の行動に期待して、他人に自分の幸せを任せるなんて危険すぎる。

私がおかしいのでしょうか?笑

もし私がこのまま恋愛をせず、誰からも愛されず、女性として求められず、それが“可哀想”なら、もうそれでいいです。

可哀想な女と思ってもらっていいです。

彼らのそういう“可哀想”というジャッジで、私の価値は一ミリも傷つけられないのを知っているので。

それにしても、私が言われてギョッとするのは、「一回SEXしちゃいなよ、やれば大したことないって分かるよ」というアドバイスとも言えないような押し付けです。

なんというか私の女友達の目には、私は「男性の理想が高く」「変にもったいぶっている」女としてみられている気がします。

恋愛の話が苦手で、いちいち訂正しないでテキトーに相槌を打っていたら、こんなイメージを持たれるハメになりました。(私がいけないのか、、?)

私自身、アセクシャルという言葉に出会う前、「なんで自分はみんなと同じように男性と性的な関係を持つことができないんだろう」と苦しんでいましたし、無理に違和感に目を瞑ってトライしようとしたこともありました。

でも、やっぱり、イヤなんです。
やっぱりできないんです、どうしても。

それを「もったいぶっている」と言わないでよ。

なんでイヤなものを、イヤって言うために、あんたに説明しなきゃいけないの?


ここ最近は、こういう質問をしてくる友達とは少しずつ距離をとっています。
そのうちの一人は、親友と呼べる人だったので寂しいですが。

やっぱり久しぶりに会って、開口一番「彼氏できた?」と聞いてくる友達は、今はどうしても居心地が悪いです。

20代は女友達の顔ぶれは変わるのが普通、と考えて、今周りにいる人を大切にしていきたいです。

そしてこうしてnoteやTwitterで同じセクシャリティの悩みや考えを共有できるフォロワーさんに感謝します。

いつもありがとうございます!

私の孤独感を薄めてくれてありがとう。

Twitterにもいるのでよければそちらでも仲良くしてください🌸!


しがつ
@be_shigatsu


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