ぼくの後輩は渉外デビューを飾る

 ぼくは大学で放送サークルに所属している。音声ドラマを作るのが本業だが、対外的には渉外を務めている。そこら辺の話は「ぼくは渉外をやらされている」という記事にも書いた。「やらされている」ってなんだか物騒なタイトルだが、実際はそこまで無理してやっているわけではない。渉外副部長であることはふつうに自分のアイデンティティになっているし、ぼくは渉外をやっていてよかったと思う。渉外をやってなかったら彼女とも知り合わなかっただろうし。他大の発表会に行くために休日が潰れるのは厄介だが、訪問した帰りに「行かなきゃよかった」とまで思ったことはない。

 今年の4月、ぼくが新たに渉外にスカウト(というほどの大げさなものではない)(たまたま部室にいたから声をかけたら誘いに乗ってくれただけ)したのが一年の阿久澤だ。みんなからは「アク」と呼ばれている。ぼくは最初「阿久澤くん」を経て「アッくん」と呼んでいたのだが、しばらくすると、ぼくも部内のスタンダードに合わせて「アク」と呼ぶようになった。ぼくは周りの空気に流されやすい人間なのである。きっとこういう人間がプロパガンダに煽られて戦争を支持したりするのだろう。

 阿久澤はとっても人当たりのいいやつだ。明るいし、だいたいいつもニコニコしているし、梶(二年男子)と違って敬語を使えるし。しかも、木村(一年男子)と違って「外面はいいけど中身は無責任」ってわけでもない。ちゃんと約束を守る。集合時間に遅れず来る。これでもし高身長のイケメンだったら、ぼくは阿久澤に恋をしていたかもしれない(ぼくは彼女がいるけどゲイなので)。まあ、慌ててフォローしておくと、阿久澤はイケメンじゃないわけじゃない。かわいらしい顔立ちをしているし、特に目がかわいいし、服装にも気を遣っているし、身長は高くないが、まあイケメンと言ってあげてもいい。実際こう書いていると、ぼくは阿久澤に恋をしても構わない気がしてきたな。いや、しないけど。「彼氏」にしたい存在っていうよりは「弟」って感じの存在である。うん、阿久澤がもし実の弟だったらめちゃくちゃかわいいな。セックスはしたくないが、寝ている時に「怖い夢見たから一緒に寝たい」と言ってきたらベッドの中で軽く抱きしめてやってもいい。あー、ぼくは阿久澤みたいな弟がほしかったな!

 ……なんだかずいぶんと話が逸れてしまった。っていうか、そもそもまだ本題に入っていなかった。この前(といっても2か月近く前のことだが)、ぼくは他大学の番組発表会に阿久澤を連れて行った。これが本日の本題である。その発表会にはぼくと阿久澤の二人で行ったわけじゃなくて、藤沢(二年男子)と井上公輝(一年男子)を含めた男4人で行った。藤沢はいつもぼくが引率をする発表会訪問に同行してくれるが、阿久澤と公輝にとってはこれが初めて参加する他大の発表会だった。

 阿久澤は日曜にバイトを入れている。放送サークルの発表会は日曜に開催されることが多いので、これは渉外にとっては致命傷である。ただ、今回の発表会は土曜日の開催だったので阿久澤も参加できたのである。訪問当日、受付のところにいたのは「顔は見たことあるけど名前は知らない」程度のひとばかりだった。だから「こんにちは」「ご来場ありがとうございます」ぐらいのやり取にしかならなかった。

 ぼくがその大学で仲がいい(とぼく的には思っている)のは、そこの副会長の白洲くんと渉外部長の豊島くんである。第一部の開演前、豊島くんがぼくの姿を見つけ、ぼくらの座っている席まで声をかけに来てくれた。「(ぼくの下の名前)くん来てくれてありがとう!」「豊島くーん! いやあ、ご無沙汰してます!」などと盛り上がる。ぼくはその時、阿久澤のことを豊島くんに紹介し忘れた。せっかく新渉外を連れてきたのに、豊島くんとの数か月ぶりの再会に興奮してしまって紹介し忘れたのである。

 第一部が終わり、休憩時間。トイレに行ったついでに豊島くんを探す。今度こそは阿久澤を「うちの新しい渉外です」と豊島くんに紹介しなくては。しかし、「必要なときに限って探し物は見つからない」とはよく言ったものである。会場内にもロビー(?)にも豊島くんの姿が見当たらない。あとから判明したのだが、豊島くんは第二部冒頭の企画コーナーに出演するため、その時はたぶんどこかの部屋で衣装に着替えていたのである。

 そうやってロビーを見渡していると、白洲くんの姿を見かけた。さっきも書いたが、ここの副会長である。ぼくは「ちょっと、アク」と声をかけて阿久澤を同行させ、白洲くんに近づいていく。背後から忍び寄り、「白洲くん、(ぼくの大学名)の(ぼくの名字)です!」と声をかける。白洲くんは「……あっ、(ぼくの下の名前)! いや、まだ挨拶できてなくてごめん! ご来場ありがとう! ありがとう!」と大げさにリアクションを返してくる。ぼくがさっそく「この子、うちの新しい渉外の阿久澤歩夢です。今後よろしく……」と阿久澤を紹介すると、白洲くんは「あっ、ちょっと待ってて! いま豊島呼んでくるから!」と言って控室の方向へ消えていった。

 ぼくと阿久澤はその場に取り残される。その間、ぼくが阿久澤にぼくと白洲くん・豊島くんのこれまでの交友などを話していると、白洲くんが女子2人を連れて小走りで戻ってきた。「豊島は見つからなかったんだけど、うちの渉外の伊藤と高槻です!」。伊藤さんというのは二年の渉外で、高槻さんというのは一年の渉外である。ぼくは伊藤さんとはギリギリ顔見知りだが、高槻さんとは完全にはじめましてである。阿久澤にとってはどちらも初対面だし、そもそも他大のひとと話すこと自体が初めてだったんじゃないだろうか。うちのサークルには希少なタイプのかわいい女子大学生を目の当たりにして、阿久澤は少し緊張したようすで目を輝かせていた。阿久澤がノンケであることが確定した瞬間である(バイセクシュアルかもしれないが)。

 ぼくは伊藤さんと高槻さんに自己紹介したあと、阿久澤に自己紹介させた。「一年の阿久澤歩夢です。よろしくお願いします」。阿久澤が言ったのはそれだけだったので、ぼくは「阿久澤はとても明るいやつで、うちの部員みんなと仲良くて信頼されてるんです。ラジオドラマとかも作ってて。仲良くしておいて損はないと思いますよ!」とコメントを添えた。ぼくに人前で褒められたのが恥ずかしかったのか、阿久澤は顔を真っ赤にしていた。

 去年のぼくだったらこんなことはしなかった。去年、当時一年生だった佐々木(現二年女子)を他大の渉外のひとに紹介するとき、ぼくは「これは佐々木です。ロクでもないやつですけど、まあ、付き合ってやってください」(大意)と言って紹介していたのである。ぼくとしては、ぼくと佐々木の関係が近いがゆえにそういう言い方をしたのだが、これはあまり好ましいコメントだったとはいえない。そう言われたところで佐々木本人は傷付かないだろうが、他大のひとはリアクションに困る。初対面だから「いやいや、佐々木さんは立派なひとですよ!」とツッコむのも不自然だし、もしかすると本当に「佐々木=ロクでもない渉外」と認識してしまう可能性もある。だからぼくは、今度うちの後輩を他大のひとに紹介するときはポジティブな表現で紹介しようと思っていたのである。まあ、ぼくがそんなことを思った本当の理由は、近所の図書館で「部下との付き合い方」みたいな本をたまたま読んでしまったせいなんだけど。その本には「後輩を取引先に紹介するときは後輩への尊敬と信頼を示そう」的なことが書いてあったのだ。

 白洲くんが「一年生同士なんだから連絡先交換したら?」と呼びかける。別に渉外同士が個人的に連絡先を交換する必要はないのだが、白洲くんにそう促されて、阿久澤と高槻さんはLINE交換の儀に及んだ。そのようすを見ながら、ぼくはまるで男女のお見合いに立ち会っているみたいだなと感じた。きっと白洲くんも同じことを思っていたに違いない。ぼくと白洲くんはなんとなく顔を見合わせて微笑む。まあ、「お見合い」は言い過ぎかもしれないけど、それぞれのサークルの後輩同士がつながることで、先輩として責任感が満たされる思いがしたのは確かだ。「次世代への継承」っていうか。ぼくと白洲くん・豊島くんみたいに、阿久澤と高槻さんも仲良くなってくれたらいい。ぼくと由梨みたいに付き合っちゃってもいい。まだ入部したばかりの阿久澤には無限の可能性がある。

 会場の講堂に戻る時、阿久澤から「どうしてラジオドラマのこと言ったんですか! まだ作ってないのに」と抗議された。まあ、抗議といってもガチで腹を立てているわけではなく、「あーもう恥ずかしい!」的なニュアンスである。たしかに阿久澤はまだ現実には音声ドラマを作っていないので、ぼくは噓をついたことになる。もしかすると、阿久澤は「明るい」とか「みんなから信頼されてる」と褒められたのを恥ずかしく思ったけど、「どうしておれのいいところを褒めたんですか!」と抗議したら自惚れているみたいでもっと恥ずかしい気持ちになるから、それで「音声ドラマを作っているという虚偽」という分かりやすい部分に抗議することで恥ずかしさを誤魔化したのかもしれない(やば、ぼくの心理分析冴えわたってる!)。

 発表会が終わったあと、ぼくと藤沢と阿久澤と井上公輝は、4人でジョナサンに寄った(晩ご飯には早いが)。藤沢は口が悪いので、今日観てきた番組を痛烈にディスるが、白洲くんがディレクターを務めた映像バラエティについては「あれはよかったですね。上手く作られてた」と言っていたので、ぼくとしては気まずい思いをしないで済んだ(ぼくと白洲くんが知り合いであることを考慮してディスらないでくれたのかもしれない)。

 藤沢から「休憩の時、二人で席を離れてましたけど何してたんですか?」と聞かれたので、ぼくは阿久澤を白洲くんたちに紹介していたんだという話をした。具体的には「阿久澤がかわいい女の子とLINE交換した」という話をした。それを聞いて公輝は「うらやましいなぁ……おれも渉外やろうかなぁ?」と半分冗談・半分本気で言っていたが、そういう出会い目的でやるんだったら渉外はコスパが悪いだろう。ただ、ぼくが「あの高槻さんって子、かわいかったよね」と振ったら、阿久澤はちょっとはにかんでいたので、阿久澤の中に「渉外はこういう楽しみ方もありなんだな」というよこしまな気持ちが芽生えた可能性はある。

 後日聞いたところによると、その夜、高槻さんから阿久澤に「本日はご来場ありがとうございました」というメッセージが届いたらしい。それは個人的なメッセージではなく社交辞令に過ぎないのだが(ぼくのところにも白洲くんや豊島くんから同様のメッセージは届いている)、阿久澤はまだ新人渉外なのでそこのところを勘違いしているおそれがある。まあでも、勘違いしたけりゃ勘違いさせておくか。ここで「そのLINE、あくまで社交辞令だからな! そもそも高槻さんには彼氏がいるかもしれないし、レズビアンかもしれないんだからな!」という残酷な真実可能性を告げる必要はない。阿久澤は渉外デビューを飾ったばかりだ。未来は明るくみえたほうがいい。

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