ぼくは渉外をやらされている

 ぼくは大学の放送サークルで音声ドラマを作っている。でも、ぼくは音声ドラマを作っているだけじゃない。サークルが携わる外部のウェブ番組の構成もやっているし、たまには映像コンテンツも作るし、そして渉外(サークルの営業担当的なやつ)もやっている。ぼくは自分の意思で渉外をやろうと思ったわけじゃない。一年の時、先輩からなぜか指名されたから嫌々やることになっただけだ。実はいまもちょっと嫌々やっていたりする。

 一年生の春学期、ぼくは兼部先の茶道部のほうをメインにしてサークル活動していた。茶道なんて1mmも興味はなかったが、人間の縁というかなんというか、入学直後に成り行きで入部してしまったのだ(この話はいずれnoteに書くと思います)。同じタイミングで放送サークルにも入部したが(やっぱり成り行きです)、茶道部のお稽古がハードだったため、割り当てられた活動以外は放送サークルのほうには参加していなかった。

 だけど、秋学期が始まって、学園祭(その年はまだオンライン開催だった)の企画を手伝ってくれということで放送サークルの部室に行った。春学期のぼくは放送サークルのほうには週一回の部会にすら出席していなくて、割り当てられた活動以外は本当にまったく参加していなかったから、ぼくが放送サークルの部室に行くのはかなり久しぶりだった。部室のドアを開ける時、かなり緊張したことをいまでもはっきり憶えている。

 ぼくは放送サークルで活動したくないわけじゃない。っていうか、もともとは創作したがりな人間である。だからこそ、こうやって何の利益にもならないnoteもやっているわけだし(いつも読んでくれてありがとう)。(ぼくの下の名前)くんの書くやつ面白いね、(ぼくの下の名前)くん自身のキャラも面白いね、ということはすぐに知れ渡って、ぼくは放送サークルに居場所を確立したのだった。

 こうなったらぼくはもう水を得た魚、権力を手に入れた藤原道長である。これまで半幽霊部員だったのが嘘だったかのように、台本やら脚本やらを書きまくり、運営的な部分にも首を突っ込むようになり、その年の忘年会の幹事までやることになった。ぼくは中学校でも高校でも部活の部長をやっていただけあって、身内をまとめるのはお手のもんなのだ。

 ただ、渉外だけはやる気にならなかった。他大学の放送サークルの発表会にお客さんとして行くのはまだいい。めんどくさいけどまだいい。問題は人付き合いである。元来ぼくは人見知りなのだ。「はじめまして」とか言って挨拶して、連絡先交換して、告知とか伝え合って、部員を引率して向こうの発表会に行って、差し入れ用のお菓子とか渡して、「お疲れさまですー!」「あー! 来てくれてありがとうー!(営業スマイル)」とかいうやり取りを交わすあれ、あれはぼくにはハードモードだ。

 サークル内ではその頃、対面の発表会を始めるところも出てきたので渉外に力を入れましょう、という話が上がっていた。ぼく的には「まあ、渉外部門のひとたち頑張ってください(ぼくには関係ありませんけど)」というスタンスだった。渉外をやるひとたちはぼくとは違う世界の住人だと思っていたのだ。当時のぼくは。まだその頃は。

 ある日の部会。1号館の教室。冬休みを控えていた頃のことだ。当時まだ部長だった木野瀬先輩が何やら話していた時(ごめんなさい何の話だったかは憶えてません)、ぼくのスマホにLINEメッセージが届いた。ぼくの斜め前の席に座っている外川慶作先輩(次期渉外部長)からである。部長が話している最中とはいえ、ぼくが斜め後ろにいることは分かっているはずなんだから直接声をかければいいのにと不審に思ったが、送られてきたLINEの文面はさらにぼくを訝しがらせるものだった。

 「(ぼくの下の名前)、渉外の副部長やってくれない?」。えーと……なんで……? なぜぼく……? ぼくが戸惑っていると、慶作先輩がこちらを振り向いてニヤリと笑いながら「いいよな?」と小声でささやく。この時、ぼくは反射的に「あっ、はい」と答えてしまった。いまとなって考えれば、慶作先輩はいつもこのような手口で女の子をホテルに誘っているのだろう。さすがはうちのサークル随一のパリピである。

 「じゃあ、最後に(次期)渉外部長の慶作、よろしく」。木野瀬先輩が声をかけ、慶作先輩が席を立って教壇に上がる。今後の他大学の発表会のスケジュールを紹介したあと、慶作先輩が言う。「えー、新年度の渉外部門ですが、おれが渉外部長をやることになりましたので、改めてよろしくお願いします。そして、副部長は充希と(ぼくの下の名前)にやってもらいます」。部員のあいだで「えっ!」という驚きの声が上がる。そりゃそうだ。浅野充希はぼくらの代で唯一渉外を専門的にやってきた人間だから渉外副部長になって当然だが、ぼくは渉外には何のゆかりもない。渉外部門に名を連ねてすらいない。これは完全なサプライズ人事だ。意味不明人事だ。この場で本当に「えっ!」と声を上げたいのはこのぼく自身だ。

 慶作先輩の電撃発表を聞いて、隣の席の堀切が「(ぼくの下の名前)、渉外やることになってたの?」と聞いてくる。いや、ぼくそんなつもりじゃないんですけど。ぼくはスマホの画面を堀切に見せる。「いや、さっき送られてきたんだよ! 慶作先輩が『いいよな?』って振り返ったでしょ? それでぼくうなずいちゃって……」と説明したが、そもそも堀切は慶作先輩がニヤつきながら振り向いてぼくに小声でささやいた件に気付いていなかったようだった。あれはぼくの幻覚だったのだろうか。しかし慶作先輩が渉外の副部長としてぼくの名前を挙げたのは現実だ。ああ、困ったことになったぞ。

 ただ、困ったことになったと思いつつ、奇妙なことに、ぼくの心には少しだけ安心感が湧いてきてもいた。というのも、「役付き」になったことで、サークル内に名実ともに「足場」ができた感じがしたからだ。ぼくは一年の秋学期になってからこのサークルで存在感を増してきた存在だ。春学期にも少しは活動していたとはいえ、「ぽっと出」感は拭えない。ぼくは全然権威主義者ではないが、役職者になったことで、このサークルに自分がいても構わない客観的理由というか「お墨付き」が与えられたような気がして、それでぼくの心には安心感が湧いてきたのだ。

 その一方で、ぼくが気にしたのは浅野充希のことだった。「渉外副部長」なんて実権のない役職だけど、でも、浅野は間違いなく一人で副部長になるつもりだったはずだ。でも、これだと浅野とぼくが渉外副部長の役職で並ぶことになる。学年も一緒だから「同格」って感じである。最近ようやくあだ名(=下の名前)で呼ぶようになったばかりの「ぽっと出」の野郎に自分のお株を奪われて、浅野はショックを受けているに違いなかった。

 部会が終わったあと、ぼくはすぐに浅野のもとへ向かう。向こうもぼくに近付いてきていた。笑顔ではあるが、やはりショックを受けているようすである。ぼくはすぐに「いや、部会の最中に慶作先輩からLINEが来て……」と顛末を明かす。浅野は引きつった笑顔で「いやいや、渉外は(ぼくの下の名前)に任せたよー!」などと言ってくる。うわあ。めっちゃ傷付いてるじゃん。ぼくは慌てて「違う、違う! ぼくは雑用係だから! 充希をサポートする立場だから」と訴える。そう言われても相変わらず浅野はショックを受けているようすだったが、この場でぼくにできることはもうない。

 それから浅野とぼくは、つかず離れずで適切な関係を築いていった。付き合う他大学が自然と棲み分けされ、発表会への引率係の役目も分担できている。だから逆に言うと、浅野とぼくが同じ大学の発表会へ行くことはほとんどない。いつも行き先はバラバラだ。浅野とぼくは今後のスケジュールについて部会が始まる直前に確認するぐらいで、あれから一年半経っても交友が特別深まった感はない。昨年末に浅野は無事に渉外部長に就き、ぼくは引き続き渉外副部長という役職名を名乗っている。ちなみに次期渉外部長は一個下の佐々木(ぼくと同じく現在は渉外副部長)に内定している。

 ぼくは渉外をやらされている。一年の時に先輩から指名されたから嫌々やることになっただけだし、実はいまもちょっと嫌々やっていたりする。でも、渉外は決して悪いことばかりじゃない。他大学の発表会で(強制的に)他人の作品をたくさん見るようになって、反面教師も含めて色々刺激を受けている。元来人見知りのぼくとしては奇跡的なことに、他大学に友達らしきひともできている。彼女の由梨と出会った首都圏の放送サークルの懇親会だって、ぼくは渉外じゃなかったら絶対参加していなかったと思うし。

 それにしても、慶作先輩はどうしてぼくを渉外にサプライズ起用したんだろう。一度そのことを尋ねてみたことがあったが、ぼくはその時の「(ぼくの下の名前)に向いてると思ってさ」という回答にはまったく納得がいっていない。だいたい、いくらうちのサークルが緩くて、渉外副部長が名ばかりの役職だからって、その場で勝手に人事を決めていいもんなんだろうか。やっぱりパリピは思考も行動も破天荒だよな。理解に苦しむ。

 新年度になって、3人の一年生が渉外部門に新たに名を連ねた。全員女子である。これで「渉外部門にぼくしか男がいない」という事実がますます際立つことになった。ぼくは性別でひとを判断するつもりはないが、ジェンダーバランスの偏りは気になる(渉外部門の集合写真に男子がぼくだけしか写ってないのは気恥ずかしいよ!)。音声ドラマ志望で入部してきた一年男子の阿久澤がたまたま部室にいたので、「阿久澤くん、渉外もやってみない? 勉強になるし、他大の友達もできるよ」と声をかけてみる。阿久澤は「あ、ちょっと気になってるんですよね。でもバイトがあるんで発表会(だいたい週末に開催される)には行けそうにないんですけど」と言葉を返してきた。ぼくは「全然大丈夫だよ! じゃあ名簿に名前入れとくね!」と阿久澤を渉外の仲間に加える(実際には発表会に行けないのはまずいのだが)。よし、これで渉外部門の男子はぼくだけじゃなくなった。しめしめ。

 結局、阿久澤は日曜にバイトを入れているせいでまだ一回しか他大の発表会に行けてない。この前、サークルの何人かで飲みに行った時、一個下の後輩の多田野(技術部門)から「どうして(ぼくの下の名前)さんはアク(その後定着した阿久澤のあだ名)を渉外にしたんですか?」と聞かれた。正直言って「その時そばにいた男子だから」でしかないが、ぼくは「いやー、アクには渉外が向いてると思うんだよね」と答えておいた。

 ……ん? これってぼくが慶作先輩から言われたやつそのままじゃないか。はーん。謎が解けた。あの時そばにいた男子だから、具体的には斜め後ろとかにいた男子だから、慶作先輩はぼくを渉外に指名したのか。安直だな! 適当だな! これだからパリピは!……と思ったが、これと同じことをぼくは後輩に対してしているのだった(ぼくはパリピじゃないのに)。まあいい。そういうもんだ。後付けかもしれないが、阿久澤は本当に渉外に向いていると思う。明るくて社交的だから、ぼくよりは遥かに向いているだろう。阿久澤にとって渉外活動はきっとサークル内での自分の「足場」になるはずだ。ガンバレ阿久澤。フレフレ阿久澤。日曜にバイト入れてるのは渉外として致命的だけどな!(要相談)

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