ぼくは彼女の弟とその友人をキャンパスに案内する

 ぼくは彼女の弟とその友人をキャンパスに案内する。ぼくには一昨年の5月(正式には6月)から交際している彼女がいる。彼女とは首都圏の大学の放送サークルの懇親会で知り合った。彼女は横浜市内の一軒家でお父さん・お母さん・弟(新高校3年生)と一緒に暮らしている。先月の下旬、ぼくは彼女の弟とその友人を、ぼくが通う大学のキャンパスに案内した。いわば大学キャンパス個人見学ツアーである。

 どういう風の吹き回しでそんなことになったのか。話は先月中旬にさかのぼる。ぼくは由梨から「今月の最終週で空いてる日ある?」とLINEで尋ねられた。てっきりデートの誘いだと思って、ぼくは「××日と××日以外は大丈夫だよ。夜勤(コンビニのバイトの夜勤)は変わらずあるけど」と返信を送ったが、送った瞬間、「……あれ? 今月の最終週は由梨は旅行に行っているんじゃなかったっけ?」と思い出した。2月の段階で、ぼくは由梨から「3月の最終週に大学の友人と旅行に出かける」と聞かされていたのである。それが中止になったということなのだろうか。ぼくが「あ、でも由梨は旅行じゃなかったの?」と追いLINEしたら、返信が送られてきた。

 由梨の話をまとめると、「孝彦くん(由梨の弟)の友達がぼくの大学に興味を持っているのだが、春休みのオープンキャンパスの日には別の用事があって行けないそうなので、3月最終週の別の日に個人的に案内してあげてほしい(=案内してあげろ)」ということだった。そんなの勝手に一人で行けよと思ったし、オープンキャンパスより別の用事を優先する時点でその子は本気度が足りねえだろとも思ったが(口が悪くてすみません)、ぼくは「うん、いいよ。○○日はどう?」と返信した。なぜなら、「案内してくれるんならたぁくん(孝彦くん)も一緒に行くって」と伝えられたからである。

 ぼくはゲイである。男子が好きだ。それなのにどうして彼女がいるんだという謎については過去のnoteを読んで解いてもらうこととして、ぼくの愛する美少年・小手孝彦くんがぼくにキャンパス案内をされたがっているなら断る理由はない。いや、むしろこちらから頭を下げて「たぁくん、ぼくと一緒に時間を共有してほしい」とお願いしたいほどだ。

 その翌々日。由梨と直接会った時に、由梨から「ごめんね。わたしも一緒に行ければよかったんだけど」と謝られたが、いやいや、むしろありがたいです。この場合、由梨は邪魔です(暴言)。当日は孝彦くんの友達がついてくるのが余計ではあるが(大暴言)、まあ、そのお友達のおかげでぼくと孝彦くんの春休みデート(自称)が実現できるようになったわけだから、そこはお咎めなしとしましょう。

 由梨に孝彦くんのLINEアカウントを教えてもらって(ぼくが孝彦くんに「ぼくのこと覚えてる?」って聞いたら「もちろんですよ」と返ってきた)、孝彦くんって意外と絵文字使ったりするんだなとニヤニヤしながら、集合時間と集合場所を取り決める。ぼくは「たぁくんとLINEできてうれしい。たぁくん愛してるよ」と送りたくなる気持ちを必死で抑えながら、「じゃあお友達にも伝えておいて! よろしくです!」と送信する。

 当日。朝から雨が降っている。外に出るのが面倒だが、たぁくんと会えるのだからそんなことは言ってられない。なにしろ、4か月ぶりの「生たぁ」なのだ(表現がキモい)。ぼくは普段由梨と会う時の50倍ぐらい身だしなみに気を遣い、忘れ物はないかと念入りに確認してから家を出た。

 孝彦くんと友達の添田くん(孝彦くんの高校の同級生)は二人で集合してから来るというので、ぼくは一人で自分の大学の最寄駅まで向かう。午前11時。最寄駅の改札前で待っていると、傘を手に持った高校生らしき二人組が視界に飛び込んできた。紛うことなき孝彦くんである(そしてその隣にいるのがおそらく添田くんである)。孝彦くん、前に会った時より髪を伸ばしているな。孝彦くんのほうもぼくにすぐ気付いたようで、ぼくらはお互いに歩み寄り、「久しぶり!」「ご無沙汰してます」と挨拶を交わした。

 その場でぼくと添田くんも簡単に自己紹介し合う。添田くんは孝彦くんとは別系統のイケメンだった(イケメンの定義は読者のみなさまにお任せいたします)。ものすごく緊張している様子なので、ぼくが添田くんに「緊張しないでいいよ! ぼくはただの異常者だから!」と言うと、孝彦くんが「(相手が)異常者のほうが緊張するでしょ」と苦笑いしながらタメ口でツッコんできた。なんかうれしい。ぼくと孝彦くんの間には和やかな空気が流れたが、相変わらず添田くんは緊張した様子だった。ぼくは「じゃあ行くか。こっちだよ!」と言って、二人を大学まで案内する。

 ぼくが二人を連れて正門からキャンパスに入ると、孝彦くんが「入る時に手続きとかしなくていいんですね。オープンキャンパスの時以外、部外者は手続きが要るのかと思ってた」と言った。ぼくは「要らない、要らない。大学は誰でも出入り自由だから。特にうちの大学は変質者もウェルカムだよ」と言葉を返す。そうしたら、孝彦くんが意味深にぼくを見つめながら「(変質者なら)いま入ってますもんね」と言ってきた。……なんか今日の孝彦くん、ぼくのことめちゃくちゃイジってくるな。いや、うれしいんだけどさ。ただ、添田くんはまだ緊張しているみたいでほぼ無言だったので、ぼくは添田くんを巻き込んで会話することを意識した。「添田くんは大学のキャンパスに入るの初めて?」とか「添田くんは服のセンスがお洒落だねえ」とか言って(孝彦くんは「お洒落か……?」と独り言っぽくツッコんでいた)。

 1号館や8号館の普通の教室、6号館のいちばん広い教室、野外の庭園を案内したあと、大学図書館へ。さっき「誰でも出入り自由だから」と説明しておいてなんだが、図書館に限っては学生証がないと入れないはずだ。ぼくが図書館の受付の職員さんに「あの、ぼくはここの学生で、こっちの二人は受験を検討している高校生なんですけど、3人で図書館の中って入れたりしますかね……?」と尋ねたら、職員さんは「大丈夫ですよ。こちらにお名前と学校名を書いてください」と孝彦くんと添田くんに記帳を求めた。カウンターに向かってペンを走らせている孝彦くんのフォルムがかわいい。

 雑誌コーナーや新刊コーナーを案内していたら、孝彦くんが添田くんに「ここならお前がこの前探してた本もあるんじゃね?」と声をかけた。添田くんは「たしかに。ここならありそう」と応える。ぼくが「探してる本あるの?」と横から尋ねると、孝彦くんが「この前学校帰りに一緒に本屋に寄ったんですけど置いてなかったんです」と説明してくれた。ぼくが添田くんに「なんて本?」と聞くと、添田くんはスマホを取り出してササッと操作し、「これです」と言ってぼくに画面を見せた。

 石井光太『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』。ぼくが想像していたのと全然違うタイプの本だったのでびっくりする。漫画か小説かと思っていたぞ。ぼくは「じゃあ探してみよう」と言って、二人を検索用端末の置いてあるところへ連れて行く。最初はぼく自身が書名を打ち込んで検索しようと思ったが、ここは添田くんにうちの大学図書館の検索機を試してもらおう。「ここにタイトルを入力すれば在庫が分かるよ!」と言って添田くんに検索させてみたら、地下に一冊置いてあることが判明した。孝彦くんが「あったじゃん」とつぶやく。3人でエレベーターに乗って地下2階へ行き、「これだこれだ」と本を探し当て(ただし図書館にあったのは文庫版ではなく単行本版だった)、その場でちょっと読み込む。

 ぼくが「ぼくが借りて添田くんに貸そうか? 2週間後までに返してもらえれば大丈夫だよ」と提案したら、添田くんは「……いえ、大丈夫です」と断った。まあ、また2週間以内に会うのは面倒だしな。そもそも又貸しは禁止されているし(ぼくは守る気がないが)。それから図書館のフロアを一通り案内し、AVコーナー(映画のDVDを観るためにぼくはよく通っている)も廻って、例の受付の職員さんに挨拶をしてから大学図書館を出た。

 時間を確かめるともう12時半過ぎ。二人に「お腹空いたでしょ?」と聞くと、孝彦くんが「空きましたね」と即答した。添田くんも「そうですね」と答える。ぼくは「気付かなくてごめん。学食でいい?」と確認した上で、二人を学食へと連れて行く。孝彦くんが「ここも部外者が勝手に入っていいんですか?」と聞いてきたので、ぼくが「当たり前じゃん。誰でも来ていいんだよ! っていうか、孝彦くんのお姉ちゃん(=由梨)も来たことあるしね」と答えたら、孝彦くんは「キモ」と口走った。……えっ、どういうこと? ぼくが笑いながら「なんでだよ」とツッコんだら、孝彦くんは「なんか二人は本当に付き合ってるんだなって。姉が恋愛しているところとか想像したくないです」と説明してくれた。ぼくが「あー、大好きなお姉ちゃんを奪われてショックってことか!」とからかったら、孝彦くんが冷たい口調で「ガチでダルい」と言い返してきて、ぼくはこれ以上この件で孝彦くんをからかうのはやめることにした。孝彦くんに嫌われたくないし、添田くんがちょっと置いてけぼりになっちゃっていたしね。

 ぼくは食券機の前で「奢るからなんでも好きなもの選んでいいよ」と二人に告げる。孝彦くんは「本当に奢ってくれるんですか?」と確認すると、唐揚げ定食を選んだ。添田くんはカレーを選ぼうとしていたが、ぼくが「カツカレー(普通のカレーより値段が100円高い)でもいいよ!」と言うと、「じゃあ……」と言ってカツカレーを選んだ。いま考えると、逆に変な気を遣わせちゃったかな。ぼくは日替わり定食(オムハヤシ)を選んだ。ちなみに、この中で値段がいちばん高いのは孝彦くんの唐揚げ定食です(値段だけでなくカロリーもいちばん高い)。

 カウンターで料理を受け取り、席に着く。ランチタイムとはいえ、春休み中なので学食はガラガラである。しかも今日は雨が降っているしな。荷物を席に置き、3人で給茶機へ飲み物を取りに行く。ぼくは「二人ともほうじ茶でいいよね?」とボケたが、二人はそもそもほうじ茶が何なのかをよく知らないらしく(「ほうじ茶って何だ?」「ほうじ茶って飲んだことない」と言い合っていた)、ぼくの渾身の小ボケは不発に終わった。まあ、結局、3人ともほうじ茶を選びましたけどね。

 席に戻って、昼食をいただきます。こちら側にぼくが一人で座り、向かい側に孝彦くんと添田くんが二人で並ぶという構図だ。うちの学食に孝彦くんがいるのはふしぎな感じがする。孝彦くんがほうじ茶を飲み、隣の添田くんに「これ、小学生の時に飲んだことあるわ」と話しかけた。添田くんも「飲んだことある」と返答している。そりゃそうだろう、これはほうじ茶なんだから。センブリ茶だとかウスベニアオイ花茶だとかならともかく、ほうじ茶は日常生活にありふれたお茶の一種にすぎない。雨の日に大学の学食まで来て「ほうじ茶とは何か」を確認し合っている男子高校生2人組を前にして、ぼくはバカバカしくも微笑ましい気持ちになった。

 ぼくらは昼食をとりながら、好きな食べ物は何かとか、孝彦くんと添田くんは何がきっかけで仲良くなったのかとか、春休みはどう過ごしているかとか、添田くんはなぜさっきのあの本(『本当の貧困の話をしよう』)に興味があるのかといった話をした。途中、孝彦くんが「そういえば、(ぼくの名字)さんのラジオドラマ聴きましたよ」と言ってくる。どうやら、ネットに上がっている放送研究会の音声ドラマを聴いたらしい。去年孝彦くんに会った時に「ぼくは××大学の放送研究会で音声ドラマを作っています」っていう話をしちゃったもんなあ。それですぐ検索して聴いたのか。これだからデジタルネイティブのZ世代は困る(かくいうぼくもZ世代だが)。孝彦くんはニヤケながら「(ぼくの名字)さんの担当回のウェブラジオも聴きましたよ。こんなヤベえやつ(=変人)と付き合ってるなんてかわいそうって、初めて姉に同情しました」と続ける。なるほど、それで今日の孝彦くんはぼくをめっちゃイジッてきてたのか。小さな謎が解けた。ただね孝彦くん、ぼくのことをヤベえやつ扱いするのは構わないが、そんなヤベえやつに興味を持ってアプローチをかけてきたのはきみのお姉ちゃんのほうだぞ!

 食事中、ぼくは孝彦くんと添田くんに受験の話をあまり振らないようにしていた。気が詰まるかなと思ったからである。だが、逆に添田くんのほうから「質問してもいいですか?」とことわって、うちの大学の授業のことや期末試験のことを聞いてきた。まあ、大学生活はどれぐらい忙しいのか(あるいは暇なのか)っていう話題ですね。ぼくは「大学生活は暇にもできるし忙しくもできる。何で忙しくするかも自分で決めることができる」という話をした。ぼくの説明が下手だったせいか、添田くんはピンと来ない部分もあるようだったが、孝彦くんのほうは「ふふん」といった感じで軽く微笑みながらぼくの話を聞き流していた。なんとなく余裕の態度を漂わせてくるところが由梨に似ている。さすがは姉弟。やっぱり仕草が似てくるんだろうな。ぼくにはきょうだいがいないから分からないけど。

 さて、こうして昼食を食べ終えたぼくらですが、春休みのキャンパス個人見学ツアーはまだまだ続きます。ぼくらはこのあと、ぼくが所属する(昨年で現役を引退したが部費を払っているので部員である)放送研究会の部室へ行き、即興でトーク番組を収録してみたりしたのですが、その話はまた次回以降とさせてください。だってさあ、このnoteを書いているいま現在、ぼくには他にやらなきゃいけないことがたくさんあるんだもの(主にインカレの放送サークル関連)。というわけで、noteの続きは改めて。何で忙しくするかを自分で決めることができるのが大学生活のいいところです。

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