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「ヒト・モノ・カネ・情報」から「意味・モノ・カネ・情報」の経営へ

経営者が扱う資源(リソース)として、よく挙げられる「ヒト・モノ・カネ・情報」。この4つをうまくマネジメントすることが、組織のミッション達成に向けて効果的だと言われています。

しかし、人事のプロとしてさまざまな会社の経営に関わっていくうち、僕はこの表現が本当にいいのだろうかと思うようになりました。1つは、「ヒト」を他の3要素と同列に扱うことの違和感。もう1つは、これからの時代に経営者がもっと重要するべき要素があるのでは、という疑問からです。

そこで今回、この2つの視点を元に、今問うべき新しい経営資源について考えてみました。ずばり、「意味・モノ・カネ・情報」です。え⁉︎ ヒトはどこに……? という疑問が聞こえてきそうですが、順番に整理していきたいと思います。

欲しいものが無い時代

2015年に株式会社いろあわせを設立したとき、Webサイトに次のようなメッセージを書きました。

“最近「欲しいものが無い」という声を耳にすることがしばしばあります。
一方で、ストーリーや人間味のある商品やサービスには、人が殺到している状況もあります。

自分の実感としても、ショッピングモールに行って何も買わずに帰ってくることもあれば、道の駅で生産者の想いが語られた商品を思わず手に取ることがあります。

欲しいものは一巡し、もの(機能/数値の向上)だけでは豊かさを感じにくい時代になってきたのかもしれません。
この動きは、ものだけではなく、働く場所や住む場所を探すときにも見られます。”

“大切なのは一人ひとりが、自分が良いといえる状況や価値観を見つけられること、その人が共感したり、ワクワクできる場所やストーリーがあること、なのかな、と感じています。

とはいえ、一人ひとりが自分の価値観を見つけるのは怖い。
誰かに否定されるかもしれない。
だからこそ、小さくてもいいので、自分の考えを発信したり、表現できる場があることが大切です。
場さえあれば、誰にだって自分の正解を創る能力は与えられているはずです。”

9年も前に書いた文章ですが、今さまざまな会社や人を見ていても、基本的にここから変わっていないと感じています。そこに自分が共感できる物語があるかどうかで判断をしていく姿勢は、むしろ強まっている気すらします。2021年、流行語大賞にノミネートされた“推し活”なども、こうした流れの延長線上にあった現象と言えるでしょう。

一人ひとりが自分の価値観をベースに動くということは、社会の中にある価値観そのものが、どんどん多様化していくことでもあります。それは、「消費する人」としての振る舞いだけに影響するのではありません。モノやサービスを「届ける立場の人」としても、従事する対象(仕事)の内側に、ますます自分にとって大切な物語を見出そうとしているように思います。

さまざまなシーンで、「人」の数だけ正解が生まれていく。そんな時代に、では経営者は一体どのように、自社にとっての正解を見つけていけばいいのでしょうか。

「人」をリソースと見ることをやめるべきではないか?

これまでのビジネスでは、よく「ヒト・モノ・カネ・情報」と言われました。4つのリソースをいかにコントロールするかが、経営者(経営陣)の重要な役割であると考えられてきたわけです。

しかし、今は「VUCA」などの言葉でも表されるように、社会の複雑さや不確実性が増しています。これだけ変化の激しい状況下で、一人の、あるいは数名が経営のリソースを全て握ることを想定していて、本当にいいのでしょうか。

ましてそこには、多様化した「人」が関わります。個々の価値観の違いもよりはっきりしていくなかで、これを資源としてコントロールしていける経営者は、果たしてどのくらいいるのでしょうか。そこに本当にイノベーションは生まれるのでしょうか。

むしろこの状況を生かすのであれば、もっとみんなで「これはどう思う?」と対話を重ねながら、オープンで透明な組織運営をしていくことのほうが有効になると感じています。従業員一人ひとりの自発性を高め、多様な視点で顧客の本当の声を見つけていくことで、経営者にないアイデアを導きだせる可能性がぐっと広がるからです。

そしてもう1つ。昨今、パワハラやセクハラなど、組織内部におけるハラスメント問題が次々と指摘されています。役職やジェンダーなど、構造的な特権性にこれまで無自覚であったことが大きな要因ではありますが、働く人々を単なる資源として見てきた「経営」のあり方も、実はその温床となってはいないでしょうか。

「ヒト・モノ・カネ・情報」と経営者が発想すること自体に違和感を覚える人、そんな経営者のもとでは働きたくないと感じている人も、本当はたくさんいるかもしれない。だからこそ、「ヒト」というリソース的な見方を根本的に変えることが、今この時代の経営に求められる、極めて重要な視点ではないかと思うのです。

上の図のように「モノ・カネ・情報」との並列で考えることをやめて、「モノ・カネ・情報」を扱う経営者と対等な存在として「人」を捉えていけないか。これが今回の提案の、最初のポイントです。

「人」のモチベーションづけをどうするか?

しかし、ここでもう1つ問題があります。先ほどのメッセージの文章にも書いたように、今は「欲しいもの」が一巡してしまった時代。モノ(機能/数値の向上)で豊かさを感じにくい状況下で、お金を稼ぐためだけに働く人は減っています。

特に若い層は、「良い車に乗りたい」や「広い部屋に住みたい」よりも、「コンパクトに自分にフィットするサイズがいい」「モーレツに働くより私生活も豊かに感じられる時間的余裕がほしい」などが強い傾向もあります。お金は大事ですが、「自分サイズ」のような価値観がより大切になってきている、という感覚は多くの求職者と会っても感じるところです。

つまり、数値的な達成目標と、それに伴う評価報酬だけで、人の動機づけをすることは難しくなっているし、益々難しくなると考えます。「人」が活き活きと活躍してくれるには、別の要素が必要となります。それがもう1つの提案である「意味」への着目です。

よく企業の研修をするなかで、「別に給与を上げてもらわなくていいから、私は管理職になりたくない」という声を聞きます。そういう人をどう動かしていくか。一番大切なのは、「そこに挑むことで自分の人生がどうおもしろくなるか」という共感づくりです。ここに、新たな経営資源として「意味」を入れる理由が生まれます。

経営者はきっと今までも、会社のミッションをつくったり、将来どこに向かっていくかのビジョンを語ったり、ということをしてきたでしょう。しかしこれからは、「それをなぜやるのか」という視点を、より個々の内側にあるものと結びつけていく必要があります。

会社の理想をただ共有するだけでなく、そこで働くみんなにとって「意味」が見出せる物語を、経営者は語っていかなくてはいけない。同時に、それぞれの「人」が固有の物語を見つけ、組織の物語に重ねられるような環境もつくっていかないといけないのです。

なお「意味」というリソースは、「人」のモチベーションになるだけではありません。ESG投資(環境・社会・ガバナンスの3つの観点から行う投資)に代表されるように、「意味」を持たない経営者のもとには、必要な資源が集まらないようになってきました。逆に人々が共感できる「意味」を持つ物語のところに、「モノ・カネ・情報」すらも集まってくる、という認識でいたほうがいいでしょう。

いい「意味」を立て、最適な「モノ・カネ・情報」の活用から生み出された新たな社会的価値は、再び会社や個人にとっての理想の姿や働く意味を強化してくれます。こうした循環をいかにつくり出すかが、今後の組織経営の重要なポイントとなると考えています。

これからの経営者の仕事とは?

「ヒト・モノ・カネ・情報」から、「意味・モノ・カネ・情報」へ。これは、「人」が要らないわけではなく、より重要な存在として「人」を認識しようということです。

そのために、さまざまな経営資源を用意する「経営者」と、それを使いチャレンジしていく「人」を、ある意味で対等な存在としてまずは位置付ける。その上で経営者は、従業員と共にプラットフォームである「意味・モノ・カネ・情報」をどう分厚くしていくか、そして従業員の活躍をどうつくっていくかを考えることが、とても重要な仕事となっていきます。

これらのことを具体的に考えさせてもらった、最近の出来事をご紹介しましょう。

とあるモノづくり企業の研修で、経営者と従業員の対話の場をつくったことがありました。20人ほどの社員に質問を考えてきてもらい、一人ずつ社長と話をしてもらう時間です。一問一答形式ですが、僕がファシリテーションを務め、「それは社長、なぜ実現できないんですか?」「あ、そういう計画があるなら、そこまで社員さんに伝えないとわからないかもしれませんね」などと毎回ツッコんでいくことで、場がどんどん盛り上がっていきます。

すると社員さんも乗ってくるので、「社長がそういう考えなら、あの機械を今のままにしておくのは問題じゃないですか?」「今正直困っているんですけど、次にああいう設備を入れてもらえたら、こんなことができます」みたいな話がポンポン出てくるようになる。

さて、ここでイノベーションを起こそうとしているのは、果たして誰でしょうか。社長ではないですよね。そう、より現場の情報を持っている個々の「人」です。この「人」たちに権限を渡し、チャレンジしてもらい、そこから新しい発見をしていくほうが、明らかに変化の時代にも対応していきやすいように思います。

もちろん、それは経営者の役割が無くなることではありません。こうした議論のベースには、そこでイノベーションを起こすための「意味」が必要です。実際、上の一問一答の前には、社長から社員に向け、これまでの歴史を踏まえた経営ビジョンを語る時間がありました。

そんな時間があればこそ、会社が描く物語を一人ひとりが自分ごととして捉え、課題を見つけ出せるようになる。その変化を可能とする言葉を、これからの経営者はより自分の中にしっかりと持つよう意識しなければいけないと考えています。

北川雄士/Yuji Kitagawa

滋賀県彦根市生まれ。株式会社いろあわせ代表取締役。
広告代理店、ITベンチャー企業の人事部門責任者の経験を経て、2014年にフリーの人事として独立。これまでに数千人の面接を経て来た。2015年末にUターン。ひと・もの・まちを“掛け合わせ”、それぞれが持ついろや魅力を大切にしたいとの想いで、株式会社いろあわせを設立。現在『しがと、しごと。』をはじめ、行政や地元企業と共に地域発の採用の仕組みや場づくり・まちづくりを積極的に実践中。(TwitterFacebook

(編集:佐々木将史、イラスト/武田まりん

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