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発酵とは?

執筆者:株式会社奥村佃煮 代表 奥村吉男

『発酵とは?』と私に問われても、学者でもなければ研究者でもない… 
沖島(以下 島)という環境で生まれ育ち、今思えばたくさんの発酵食品に囲まれて育ったのは事実である。

昨今、発酵というフレーズを以前と比べると、かなり耳にし、活字でも見るようになった。いわゆるブームである。
うまく言えないが、現代の食の乱れにより従来の食が見直され、『発酵』というフレーズにたどり着いたのではないかと感じる。
日本の食は、基礎的な部分に発酵が用いられている。醤油・味噌・漬物・日本酒etc…

島では、各家庭で味噌をつく。琵琶湖で獲れる魚で熟れ鮨をつくる。自家菜園で採れた野菜を漬物にする。当たり前のように日常の中に『発酵』が浸透していた。
離島という僻地での暮らしの中では、保存食としても重宝される『発酵食品』は欠かせない食文化なのだ。

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まず、熟れ鮨からふれてみよう…
冒頭にお伝えした通り私は学者ではない。私の育った環境のたかだか40年の主観、そして独断と偏見交じりの文章だがお付き合いいただきたい。

ほとんどの島民が漁業を生業としていることもあり、様々な湖魚が熟れ鮨にされる。ニゴロブナ・ギンブナ・ハイ・ハス・ウグイ・カマツカetc…
もちろん島で漬けられている熟れ鮨の代表は『鮒寿し』である。
2月~5月にかけて物心がついた頃には、家の前には見渡す限り一面、塩切の桶があった。夜中まで鮒のエラを取り、内臓をだし、塩切をしている父親がいた。そして夜が明ける前には漁にでて、また塩切を… …毎日。

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7月土用が来ると白米を詰める本漬けが始まる。
早いもので正月に新物が漬け上がる。
子供の頃、新物を楽しみにしているわけもなく、むしろ鮒寿しのにおいが苦手だった。風邪をひいた時、おなかの調子が悪い時に薬の様にスープにして食べさされていた鮒寿し。
それが嫌で手洗い・うがいをして風邪予防をしたこともあった。

しかし、大人たちが鮒寿しを囲み、楽しそうに酒を飲んでいる光景は鮮明に覚えている。いつも鮒寿司の周りには、酒と笑顔に満ち溢れていた気がする。
大人たちに交じり背伸びをして鮒寿しに手を伸ばし、旨くないのに旨いといい。食べられるようになった時、「いっちょ前になったな」と言われて嬉しかったことを今でも覚えている。
鮒寿しのイメージを問われるとパーティーフードと迷わず答える。イメージの根底にあるのは、このような日常の風景であることは間違いない。

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私の人生の中を少し切り取っただけでも、物心ついた頃から今日に至るまでの過程の中に『鮒寿し』があり【鮒寿し:私】にも様々な物語がある。
私は今『鮒寿し』を生業とし次世代に継承したいと思っている。
もちろん伝統的な食文化としての『鮒寿し』も継承したいと思っているが、本当に私が継承したいのは、鮒寿しを囲み笑顔に溢れた当たり前の日常であると、心から思っている。
また次回、主観と独断と偏見交じりの『発酵談』にお付き合いください。

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