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目に見えぬ力持ち

(執筆者:龍谷大学 農学部 植物生命科学科部 教授 島 純)

 発酵食品は、目に見えないほど小さい生物の力で作られる食品です。この小さい生物をまとめて微生物とよびます。
 微生物の中には、人や動物の健康を害する悪玉微生物もいますが、私たちの生活を支えてくれる善玉微生物も多くいます。代表的な善玉微生物が、発酵食品を作ってくれる微生物といえるでしょう。
 微生物の大きさは1メートルの百万分の一から十万分の一くらいです。とても肉眼で見えるサイズではありません。微生物の姿を見ることができるようになったのは、17世紀にオランダの技術者であったレーベンフックが顕微鏡を開発してからです。顕微鏡が開発されるまでの時代、人は微生物を見るすべもありませんでした。

 発酵食品の歴史を重ねて考えてみます。紀元前3000年頃にはじまったとされるエジプト文明の時代にはパンやビールが作られていた記録があります。日本では、8世紀に編纂された古事記や日本書記に日本酒に関する記述がみられますので、その時期には日本酒を作る基本的な方法が確立していたと考えられます。しかし、顕微鏡の開発を待たず、経験に基づいて人類は美味しくそして安全な発酵食品をつくるための基本的なプロセスを既に組み立てていたのです。
 例えば、発酵に適する温度を保つために、発酵食品の仕込みを行う時期の工夫をしました。また、悪玉菌の増殖は、食塩の添加や発酵樽内の空気を減らすことなどにより防いでいました。このような巧みな発酵技術を生み出した職人の方々には敬服するばかりです。
 現在では、いろいろな分野の科学技術が進歩しましたので、微生物の発酵食品を製造する際の役割が明らかになりました。それらの知識に基づいて大量かつ効率的に発酵食品を作ることができるように改良が加えられています。

 日本では、味噌・醤油、日本酒を代表とする様々な発酵食品の生産が行われてきました。これらの発酵食品を作るためには、麹菌(こうじきん)という安全なカビの仲間の力を利用します。日本の食文化に必要不可欠な微生物ですから、麹菌は国菌と呼ばれることもあります。
 麹菌に加えて、酵母や乳酸菌とよばれる微生物が発酵食品製造に重要な働きをします。酵母はアルコールを作りますので、お酒をつくる時の主役です。乳酸菌は、最近ではプロバイオティクスとよばれることも多く、摂取することで整腸作用が期待できます。麹菌、酵母、乳酸菌が、発酵の主役達です。
 このような目に見えない微生物達にうまく力を発揮してもらうことが、高品質の発酵食品につながっていきます。

 発酵食品を作る技術が蓄積されている日本は、「発酵大国」とよばれることがあります。技術者の努力はもちろんですが、別の要因として、四季をもつ気候や地形が変化に富むことがあげられます。すなわち、気候等に依存して、地域独特の発酵醸造食品が根付くと考えられます。
 滋賀県では、琵琶湖をはじめとする自然の恵みに促されて独自の発酵文化を大きく花開かせています。

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