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料理をすること

お立ち寄り頂きありがとうございます。
今回は料理に関して語ってみます。

あれ、私は意外と料理が好きかもしれない、と気付いたのは、八年ほど前のことです。
未だにレシピ無しではまともには作れないのですが、料理をすることは好きだったのです。

三十年以上生きてきて、どうして割と最近まで気付けなかったのかと言うと、料理をしていなかったからです。
我が家のキッチンは(キッチンに限らないのですが)狭く、母は私がキッチンに入ることを嫌がりました。「邪魔」というのが理由でした。
小学生の頃、子供向けのレシピ本を読んでお手伝いのつもりで晩ごはんを作ると、「今日はこんなものを食べる予定ではなかった」と怒られ、それも一度や二度のことではなかったので、自然と料理のお手伝いをすることはなくなりました。
中学生になると、通えていた少しの間は、自分のお弁当は毎朝作っていたのですが(当時はまだこちらでは学校給食が実施されていなかったので、給食の思い出がありません)、とにかく「邪魔」「この忙しいのに」と怒られながらだったため、全く楽しくありませんでした。

料理をする=酷く怒られる、という等式が確立してしまってからは、キッチンに入るのは母のいない間の、お菓子作りをするためだけになりました。

では何故、八年前に料理をするようになったかと言うと、母が家を出たからです。主な理由は母の母を介護するためで、ですが母は私に追い出されたと主張しています。その母の母が亡くなってからも家には帰って来ないので、私としては、母は自由を謳歌するために家を出たのだと認識しています。念のため母の名誉のために言うと、それでも必要な用があるときに関しては、最低限の手伝いはしてくれます。私を怒りながらですが。

そんなことがあって、しばらくはお惣菜に頼りきった生活をしていました。その頃には、私は全く料理が出来ないという思い込みが染み付いていました。料理をすると母に激怒される、という思考回路も出来上がっていました。

ですがふと、今家には母がいないし、料理をしてみよう、と思い立った日がありました。
いつもお惣菜を買うスーパーでひき肉とパン粉と卵と野菜を買い、初めてといいますか、スタートとして作ったのはハンバーグだったと記憶しています。父にも喜んでもらえて、それからはレシピ本やレシピサイトを見ながら、料理をする日々が始まりました。体調の関係で休む日もありましたが、その頃から少しずつ「料理はやろうと思えばできる」から「料理を日常的にしている」にステップアップしていきました。そうしている内に、料理は気分転換にもなって、楽しいものだという風に認識が変わっていきました。
ただ本当に毎日のことなので、疲れてできない日もありますし、時々もう嫌になってしまう日もありますけどね。

ここ数か月は減塩料理のレシピを数冊買い求め、父の退院後の生活に向けて練習を積んでいました。控えめの調味料でも美味しく作るコツを学びながら実践の日々も楽しいものです。

食べることは生きること、今後も楽しく料理をしていきたいと思います。

以上、料理のあれこれのお話でした。
お読み頂きありがとうございました。

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