絶対食べて!とは言えないけれど
あたたかくなってきた春めく夜に、恋人とドライブしていた。信号で止まる。すると、ロードサイドの向こう側に「天下一品」の看板を見つけた。
あの天一、よく通ったなぁ。とつぶやくと、恋人は「天下一品って美味しいの?」と尋ねた。まぎれもなく美味い、と僕は思った。鶏ガラのこってりスープ。それがずっしりと絡む麺をすする。テーブルにスープを飛ばしてしまうのも醍醐味だ。
だが、このまま天一の駐車場にピットインして、一緒に店内に入り、一杯食べて「コレ、美味しいね!」となる類の美味しさではない。運転しながら口ごもってしまった。
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はじめてのクラブに行き、得るものなく失っただけの明け方に、友と食べたこってり。
厳しい商談後に「やってらんねぇな!」と上司との打ち上げで食べた、こってり&ビール。
日付が変わるころに仕事を終え、どうにも空腹を抑えられずクルマを走らせ駆け込み食べた、チャーハン餃子定食。
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天一をすするとき、思い出もよみがえってくる。
「絶対食べて!とは言えないけど、食べたら絶対忘れられないよね」
そう僕が言うと、聞いた恋人は間を置き、「……前も同じこと言ってた」とつぶやいた。
信号が変わる。看板を尻目に車は通り過ぎた。
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