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【短編小説】 ライターとサバ

 情熱の出力には差がある。ガスやオイルの質よりも、もっと根本的なことで到底覆すことができないような類のものだ。たとえば、私なんかは100円ライターだ。火をつけようとしてもなかなかつかないし、そもそもついたとしても風が吹けばたやすく消える。いつから差がついたんだろうと思うけど、その開いた距離は歴然としているし、そうなった理由だってはっきりとしている。
 班目黄色センセイは書き続けた。誰に読まれなくても、作品を鼻で笑われたとしてもだ。デビューしてからもそう。編集者に何度ボツをくらっても、作品に対するのっとりともいえるような書き直しを強要されたとしても書き続けた。作品が売れずに自己買取を迫られたこともあったと話していた。買い取るための金を稼ぐために普段の仕事に加えてフードデリバリーのバイトまで始めた。働きづめで帰宅してからも、隈のある目をこすりながらまだ書き続けるのだ。
 境遇は私も似通ったものだった。ただ違うのは、私は戦うことを辞めてしまったことだ。夢を叶えたとしても、業界を変える力や、ましてや社会を動かす力が手に入るわけでもない。出版不況と叫ばれるなかで理不尽な立場に追いやられてまで、私には書きたいものなんてなかった。
「アカツキ文芸賞、史上初、双子の姉弟のダブル受賞」
 ニュースで大々的に取り上げられて、その話題性からバラエティー番組にも呼ばれた。地元を歩けば道行く人が私たちに賞賛を送ってくれた。期間限定の栄光。それから凋落を伴う数年が経った。
 たとえば、私の弟「班目黄色」はガスバーナーだ。風に吹き消されるほどやわじゃない。すぐに壊れて点火しなくなるほどチンケでもない。ライターの炎なんかとは比べ物にならない熱量で現状を焼き尽くす。私の火力ではシメサバの炙りやクレームブリュレを作り出すことはできない。私が味わうことができなかったものを彼は味わうことができる。
「新人作家の登竜門カワセミ文学賞受賞作! 発行部数は100万部を突破、世界20ヵ国語に翻訳決定」
 彼は再び強烈なスポットライトを浴びた。その横にはもう私はいない。それでも、と思う。スマホの液晶が輝き、SNSのダイレクトメッセージが届いたことを通知する。私はそれを開く。
【ミドリさんの投稿小説、すごく感動しました~! 何度も読みなおしてます♡】
 それでも、私はいま気が向いたときに文章投稿サイトに作品を投稿していて、気楽に誰かの作品を読んでフォローしたり、拙作を読んでもらいついたコメントに一喜一憂したりして楽しんでいる。
 投稿作品を読んだり書いたりしているときに好んで食べるものがある。スルメだ。すぐに丸焦げてしまうためガスバーナーでは炙れない食べ物。私はそれを火つきの悪いライターで炙って食べる。か細い炎に炙られたスルメは知る人ぞ知る、名おつまみなのだ。

【あとがき】
 長い通勤時間の退屈を埋めるために、パッと浮かんだ言葉2つを組み合わせて物語を作るというゲームを始めた。誰に見せるわけでもないし、着地点も決めずにただ思いつくことだけを書いていた。そんな作品のなかでも、この作品は思い入れがある。この小説を書けたからこそ、めんどくさがりで内向的な僕がSNSを始めてみようと思い至ることができた。
 自分の作品に背中を押されるって不思議だ。大学生時代は小説を趣味で書いていて、卒論も実は論文ではなく小説を提出した。それから社会人になって少しづつ創作から離れていった。けど、最近はこうやって創作して投稿するのが楽しい。


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