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「サラバ!」(西加奈子さん)を読んで【読書感想文】
生きていくには、「自分が信じられるもの」が必要だ
読み始めは分からなかったのですが、読み終えてみると、作中に出てきた事柄がそれぞれどんなメッセージを示唆していたのかが理解出来ました。
まず主題は、「人は生きていく中で様々な出来事や環境、人物に翻弄され、時に強烈な衝撃を味わい、挫折し、苦悶する。だからこそ自分の信じられるもの、精神のよりどころを持って強く生きていこう」ということかと思います。(要約するのは本当は不適切かとも思いますが、あしからず・・・)
信じられるもの、救いとなるもの。
その観点で読み返すと、皆それぞれの信じられるものを持っていました。
姉・貴子にとっての「巻貝」「アンネフランク」「サトラコヲモンサマ」
矢田のおばちゃんにとっての「すくいぬし」「弁天様」
母にとっての「夫(憲太郎)」「幸せになること」
父にとっての「苦行、修行、仏教」
夏枝おばさんにとっての「芸術」
須玖にとっての「ティラミス」「芸術」
ヤコブにとっての「コプト教」
そして、歩にとっての「書くこと」「サラバ」
信じるものはなんだっていい
「信じるもの、信仰するもの、心のよりどころ」というと、ともすればその対象は崇高なものでなければならないという固定観念があるかと思います。
しかし、姉の貴子が必死に信仰していた「サトラコヲモンサマ」の正体は猫の肛門だったし、死のうとしていた須玖を救ったのはコンビニで売っていた198円のティラミスだった。
ヤコブだって、信じるということが何かなんて考えず「呼吸をするように」コプト教を信仰していた。
自身が救われるならば、信じるものが崇高であるかどうかは重要ではないのだ。
精神のよりどころとしての芸術
作中では、精神のよりどころとしての芸術がたくさん出てきます。
ディアンジェロの「Brown Sugar」
ニーナシモンの「Feeling good」
ジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」
など・・・
(私はそれらを知りませんでしたが、サラバ!を読んでから聴いてみました。)
夏枝おばさんや須玖は芸術の知識を決してひけらかすのではなく、芸術への純粋な愛のみをもって芸術と接し、芸術を自身のよりどころとしています。
彼らの姿を見て、芸術は人の心のよりどころになり得るし、癒しに、救いに、励みや勇気になり得るもののだと分かりました。
主人公の歩も、自分の強烈な体験談を、挫折した経験を、苦悶する内面を、「サラバ!」という小説を書くことで芸術へと昇華することで、
「新たな世界」へと「最高の気分で」「左足から」踏み出すこととなりました。
僕はきっと、この文章に救われたのに違いなかった。
でも僕は書いた。書かずにはおれなかった。
書きたい、というだけでなく、書かずにはおれなかったという強い衝動に駆られた歩。
多くの芸術作品が、きっと、「作らずにはいられなかった」という作者の強い衝動、情念により作者自身が突き動かされて出来上がったのだろうと理解しました。
私はサラバ!を読んだ時にちょうど、芸術とはなにかという疑問を持っていたので、その答えの一つを発見した気がしました。
ノーモーションで放つサプライズ
この小説の面白さの一つはノーモーションで放たれるパンチ(サプライズ的展開)だと思います。
それまで平坦に心地よいリズムで展開されていた物語の中でいきなり驚きの一文が放り込まれるという表現手法が出てきます。
恋人と別れたり、人が亡くなったり。
不意を突いていきなりオチが目の前に出現します。
「ええええ!!!」
読者はどんどん引き込まれます。
「ためてためて、オチ」じゃないんですね~。
「来るぞ来るぞ~、ほら来た!」じゃないんですね~。
油断して読んでいたらいきなり放り込まれます。
なんというか、文章にもリズムというかテンポというか、そういう要素もあるのだなぁと学びました。
上下巻にわたり、立体的に設計された構成
700ページ超なので結構ボリュームがあるのですが、無駄な部分は無く、多くの描写が必然性を持っている気がしました。
例えば冒頭は右足から生まれてくる、という描写で、最後は左足から踏み出す、というように対比させた表現となっています。
その他にも前半で丁寧に各人物や街が描かれていますが、後半とそれらが繋がり、物語が立体的になります。
上巻と下巻に分かれていますが、主語と述語の関係になっているというか、相互に関連しているように思いました。
まとめ
主人公の歩の半生の回顧録という設定であり、歩の内面をインストールしながら読んだので、読み終えた今はなんだか歩ロスというか・・・歩が友達のような感覚になりました。自分の信じるものが揺らいだ時は「サラバ!」を読み返して、また歩に会いたいと思います。
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