泥水が沁みてゆく真っ白な紙(浦 歌無子『光る背骨』より)

ほんのすこし輪郭らしきものが見えている
まだまわりの岩肌とほとんど区別がつかない
波に洗われた崖を慎重に掘ってゆく
湿った泥に指さきが冷たく満たされる
脆い崖だからじゅうぶんに気をつけなくては
潮の変わり目だって気にしてなくちゃならない
満ちれば逃げ場はないのだから
指さきに力を込め
慎重に慎重に
こなごなにならないように気をつけて
ハンマーをひとふり
こんどはなにが現れるのか
触れるかけらには
どんな物語が隠れているのか

かつて掘り起こしたベレムナイトの尖った先端が
進むべき方向をさしてくれる
アンモナイトの迷宮も
もうわたしの味方
ウミユリの棘だって
飲み込むと舌が少しだけ火傷するけれど

波は遠ざかり
近づき
前頭葉に
またやってくる
ハンマーをひとふり
言葉がこなごなにならないように気をつけて
泥水が沁みてゆく真っ白な紙
沈む言葉流れてゆく言葉
指と指のあいだから海月のようにすり抜けてゆく
何億年ぶんもの闇がしっとりと沁み込んだ泥
その泥にずっと守られてきた骨をさがす
爪のあいだにたまってゆく星屑のような

言葉

掘って
掘って
掘って
いつの間にか夕暮れ
目じりのしわは増え
髪の毛には白いものがまじりはじめた
せめて
せめてひとかけらでも死ぬまでに
これまで見たこともない美しい骨を見つけたい
それからわたしは待つ
美しい骨に導かれ
時間と空間を越えた風が
わたしの額に触れるのを


浦 歌無子『光る背骨』収録
発行:七月堂

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