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No.150 「ラグナクリムゾン」第69話備忘録 Appendix. 重力3000倍の大気圏の高さについて

0. はじめに

 「ラグナクリムゾン」第69話でティーナが全周囲重力3000倍をやったとき, ラピの叫び声

「ダメだティーナ! 上だ!!」

がティーナに届いていていないような描写があった. この場面でちゃんと

「高重力下では下から上への声は届かない」

ことに想像が思い至り(こういうことに気付ける漫画家でさえ, 果たしてどれほどいることか. やはり「ラグナクリムゾン」は「異世界バトルファンタジー」ではなく「SF」), 更にそれらしい場面描写もきちんとできてしまうのが, 鬼才小林大樹の鬼才たる所以であろう(いつも我々の想像の上を行く). 

 私もその一連の事実と描写に気付きはしたのだが, 一方で「本当かなぁ」と気になって, 少しマジメに検証してみた. 結論は

「(恐らく)届かない」

であり(大気圏の高さが大体 33 [m] 以下まで潰れるので, ヘタをすると空気自体が無くなってしまい, それ以前の状況になる), 確かに小林大樹は正しいと思われる. 以下, その計算の詳細を Appendix としてまとめておく. 

1. 前提(私のスペック)と結論

 断っておくが私は物理は(も)そんなに詳しくない(というかニガテ). 良くて大学教養レベルだと思う. 実際, 大学で単位を取ったのは

・力学(続論, 解析力学まで)
・電磁気( Maxwell 方程式をやった記憶がない)
・振動・波動(こんなの今でもあるのかな)

のみで, 今回の主題である

・熱・統計力学(ただし, フレッシュマン向けの非平衡統計のオムニバス講義は単位を取った. あの頃はあの業界も割と盛り上がってた気がするけど, 今どうなっているんだろう)

はキライだから講義にさえ出なかったし(そういえば天文が専門だったとある先輩も「熱力学はキライで最後の最後に本当に必要になるまで勉強しなかった」と言っていたな. そんな彼も「偉くなった」と風の噂で聞いた),

・相対論(特殊. Lorentz boost はやった. 四元ベクトルはやったかな?)
・量子論(多分, 角運動量まではやったが, スピンはやってない. Ehrenfest の定理くらいでやめた? Heisenberg 形式はやってない?)

は講義は出たが, 途中でやめたような気がする(多分, 単位は取ってない). だから, 重力の扱いは高校物理である(一応, フレッシュマン向けの宇宙論のオムニバス講義みたいのがあって, そこで Friedmann 方程式はやった気がするが). そして, それももう15年以上前のことになる.

 だから, 以下の計算は真偽不明な(仮に考え方が正しかったとしても Fermi 算よりは少しマシな程度の)概算である. 他方, simple なモデルではあるが, ちょっと面白いところもあることに注意する.

 結論から先に述べれば, 

「地球の重力を3000倍にすると, 大気圏の高さは大体$${1/3000}$$倍になる」

という非常に直感的なオチになる. これを当たり前と思うか, 非自明と思うかは人によると思うが, 私には少し意外(必ずしも当たり前ではない)だった. 以下, 何が意外なのかも含めて, その理由を述べる. 

2. モデリングと計算の詳細

 まず手始めに重力3000倍前の地球の大気圏の高さについて考える(これが重力3000倍の計算の時にも必要になる). わかっているのは

・地球の半径:$${r = 6400 \, \mathrm{[km]}}$$
・大気圏の高さ:$${h_{0} = 100 \, \mathrm{[km]}}$$ (諸説, 諸定義あるがとりあえずこれを採用. 実際はこれよりもずっと低いと思う)

で, 考えるモデルは, 

地表の大気圧 $${p}$$ と大気にかかる重力 $${f}$$ との釣り合い

である. 

 大気圧 $${p}$$ はとりあえず高校物理を援用して, 地球の大気が理想気体であると仮定して(もちろんこの仮定は明らかに大嘘なのだが, こうしないと何もわからないのでとりあえずこうだとして計算する), 理想気体の状態方程式を考えると, 

$${p = \frac{nRT}{V}.}$$

ここで $${V}$$ は地表の大気の体積だが, これは大気圏まで含めた体積

$${V_{1} = \frac{4}{3} \pi (r+ h_{0})^{3}}$$

から, 地球の体積

$${V_{0} = \frac{4}{3} \pi r^{3}}$$

を引けばよいので, 

$${V = V_{1}-V_{0} = \frac{4}{3} \pi ( 3r^{2}h_{0} + 3rh_{0}^{2} + h_{0}^{3})}$$

である. よって, 大気の圧力は

$${p = \frac{3nRT}{4 \pi }\frac{1}{3r^{2}h_{0} + 3rh_{0}^{2} + h_{0}^{3}}}$$

となる. 

 次いで重力 $${f}$$ の方だが, これは単純に大気の質量を $${m}$$ として, $${mg}$$ とおくか, より精密に万有引力を用いるか若干迷うが, 後述するようにこれはどちらでもよいので, $${f}$$ のまま通す. 

 ここで $${p}$$ と $${f}$$ が釣り合うとすると, 

$${f = p = \frac{3nRT}{4 \pi }\frac{1}{3r^{2}h_{0} + 3rh_{0}^{2} + h_{0}^{3}}}$$

となる. これを整理して

$${3r^{2}h_{0} + 3rh_{0}^{2} + h_{0}^{3} = \frac{3nRT}{4 \pi f}}$$

とする.

 ここで両辺を $${r^{3}}$$ で割ると(無次元量になって)

$${3\frac{h_{0}}{r} + 3\left(\frac{h_{0}}{r}\right)^{2} + \left(\frac{h_{0}}{r}\right)^{3} = \frac{3nRT}{4 \pi f r^{3}} =: C.}$$
 
右辺の $${C}$$ はゴチャゴチャしているが, これは $${r}$$ と $${h_{0}}$$ がわかっているので, $${nRT}$$ や $${f}$$ が具体的にわからずとも

$${C = 3\frac{100}{6400} + 3\left(\frac{100}{6400}\right)^{2} + \left(\frac{100}{6400}\right)^{3} = \frac{12481}{262144} = 0.0476112365…}$$

のように計算出来てしまうところがポイントである. 

 さて, ここまでは重力3000倍の前の通常の大気圏の高さの計算であるが, これを踏まえて3000倍の時にどうなるかを考える. まず「ラグナクリムゾン」第69話の作中のような

「局所的かつ急激な重力変化」

ではなく,

「地球全体かつ断熱変化に相当するような非常にゆっくりとした重力変化で, 重力3000倍に変化した」

とする. こんなことは現実でも, 「ラグナクリムゾン」でもあり得ない(その前に狩竜閃を喰らっちまう)だろうが, こうしないと以下の計算ができないのでこう考える. さっきからこんなのばっかりだが, 実際の物理の計算でも良くあること(漫画以上のご都合主義)だと思うのでヨシッ!!

 このとき, $${nRT}$$ は変わらず, $${h_{0}}$$ が求めたい未知数 $${h}$$, $${f}$$ が $${3000f}$$ に変わる. 厳密に言えば, 重力が3000倍になれば, 地球などペシャンコに潰れてしまうとは思うが(だって, 太陽で重力30倍, 白色矮星で大体重力100倍くらいだから), 地球が物凄く頑丈であると仮定して地球半径 $${r}$$ も重力3000倍後も変わらないと仮定する. 一応 「ラグナクリムゾン」の作中のように局所的に重力3000倍をする場合には, 地球は潰れないだろうから, この仮定はそれなりの妥当性があるだろう. 

 これらの仮定に基づいて, 重力3000倍の場合の釣り合いを考えると

$${3000f = \frac{3nRT}{4 \pi }\frac{1}{3r^{2}h + 3rh^{2} + h^{3}}}$$

であるが, これを整理すると

$${3\frac{h}{r} + 3\left(\frac{h}{r}\right)^{2} + \left(\frac{h}{r}\right)^{3} = \frac{3nRT}{4 \pi (3000 f) r^{3}} = \frac{C}{3000} = \frac{12481}{786432000} = 0.0000158704…}$$

となる. $${h}$$ を求めるにはこの $${h}$$ の 3 次方程式を解けばよい. 

 バカ正直に解いてみると, この3次方程式の実根は1つだけで, それは

$${h = \left(\frac{\sqrt[3]{7078000329}}{1920} - 1\right)r = 5.29 \cdot 10^{-6} \times 6400 \, \mathrm{[km]} =33.856 \, \mathrm{[m]}}$$

である(残り2つは複素根). 一応, お粗末とは言え物理モデルが由来なので, 実根(解)が1つだけというのはツジツマが合っている(常識的直観にマッチしている). この事実はバカ正直に3次方程式の判別式が負になることを確認してもよいが, もっと簡単に, 今扱っている3次方程式を

$${x := \frac{h}{r}}$$

で書き直すと, 左辺が

$${3x + 3x^{2} + x^{3} = (1+x)^{3} - 1 }$$

となって, 殆ど $${x^{3}}$$ (特に単調増加)の平行移動であることからもわかる(これは右辺の定数の大小には依らない). 

 ここではサラッと答えを書いたが, これ(厳密解)を手で解くのは大変である(私も計算機に答えを聞いた). 3次方程式が出てくるので東大だろうが, 京大だろうが日本の大学入試には絶対出題されないだろう(恐らく入試の問題では, ピストンのように底面積は固定して, 高さや移動だけを考えれば十分な1次方程式的モデルで出題されるだろう). ただし, ここで

「$${h}$$ は地球の半径 $${r}$$ よりも十分に小さい」

ということに注意すると, この3次方程式の

$${3\left(\frac{h}{r}\right)^{2} + \left(\frac{h}{r}\right)^{3}}$$

の2つの項はムシできるほど小さくなる.

 実際, 得られたオチから検算してみても

$${3\left(\frac{0.033}{r}\right)^{2} = 8.39523 \cdot 10^{-11},}$$
$${\left(\frac{0.033}{r}\right)^{3} = 1.48035 \cdot 10^{-16}}$$

なので, たとえば大気圏の高さ $${h}$$ をこのお粗末極まるイイカゲンなモデルでナノメートル $${10^{-9} \mathrm{[m]}}$$ 単位で知りたいような状況(そんなことは間違えてもない)でもない限り, 確かにこの2つの項はムシしてよい. 

 というわけで, この2つの項をムシして考えると, 上の3次方程式は1次方程式

$${3\frac{h}{r} = \frac{C}{3000}}$$

に退化する. つまり一番最初に結論を述べたように重力が $${n}$$ 倍されると, 大気圏の高さは $${1/n}$$ 倍になる. もちろんこれは簡単に解けて

$${h = r \frac{C}{9000} = \frac{12481}{368640} = 33.856 \, \mathrm{[m]}}$$

という, 元の3次方程式をバカ正直に解いたものと(ミリ order で)同じ結論を得る. 

3. まとめ

 というわけで, オチは

「大気圏の高さは重力の逆数倍になる」

という予定調和なものだった. しかし,

「その理由, 背景は少しばかり意外なものだった」

ということは納得して頂けただろう. つまり, 素直にモデルを考えると $${h}$$ の3次方程式が出てくるので, 厳密には大気圏の高さは単純な重力の逆数倍にはなっていないのだが, 諸々の事情があって $${h}$$ の1次方程式に退化したとみなしてよく, 結果大体重力の逆数倍とみなしてよいのである. 

 繰り返しになるが, この計算は非常に都合のよい仮定を幾重にも課しているので, 現実でも, 「ラグナクリムゾン」でもアテにならないかもしれない. 実際, 「ラグナクリムゾン」のように局所的に高重力になったとすると, 急激な変化で空気が下に落ちていくので, ここで仮定したようなゆっくりとした重力変化で stable に大気圏が低くなった状況よりも, 声は下から上にはより届きにくい状況になっていると思われる(たとえるなら「水が下に落ちるデカイ滝の中で叫んだ声が上に届くか」というような感じ?).

 最初はこれをマジメに考えようとしたが, 私にはとてもムリだったので, 高校物理で計算できる理想化をしたモデルの代用計算をした. マジメな計算は, 恐らく現実に該当するモデルが存在しないことから, 誰もしていないのではないか. というより, このモデルは恐らく

「高重力による非平衡系 (一般相対論 × 非平衡統計)」

なので, そもそも現代物理でどこまでちゃんと扱えるのかも不明である. もしその道の(あるいはそれに近そうな)専門家に聞く機会でもあれば(あるかな…), 聞いてみたいものである. 

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