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東北の被災地を舞台に、生活保護という難しいテーマを豪華キャストで描いた「護られなかった者たちへ」

 宣伝を見て気になっていた映画。好きな俳優が何人も出ていて、何となく面白そうだと思っていたら、新聞で生活保護がテーマだということを知った。おお、これはぜひ観てみようと思い、公開を待ってさっそく出かけていったのだ。

 主人公は東北の被災地で天涯孤独になった三人と、妻子を失った刑事。そこに生活保護問題が絡む。難しいテーマに取り組んでいる。映画として100点満点というわけではないが、かなり良くできていると思う。

 何よりも、これは日本が作るべき映画であり、日本ならではの映画だ。それが大事なのである。どうでもいい映画ばかり作っていてはいけない。

 癒えない傷を抱えた刑事を、顔に皺が刻まれてきた阿部寛がよく演じているし、佐藤健は文字通りの熱演だ。「おかえりモネ」の清原果耶や童顔の林遣都も、意外な役どころに挑戦している。

 林遣都は警察庁の試験に落ちて東北の刑事になり、震災がどこか他人事の若い刑事を演じている。今までになかった役で、大いに勉強になったのではないだろうか。イケメンのモテ役が多い佐藤健に至っては、初めての役作りだったことだろう。

  高齢女性を演じる倍賞美津子が見事だ。もともと美人だから、こういう役どころもできるのだろうが。地に足がついた顔なので説得力がある。

 社会性と娯楽性を兼ね備えたこういう映画を多く作って、若手俳優を成長させてもらいたい。アイドル上がりでも、いい役を演じれば大化けする可能性がある。その積み重ねが日本のエンタメを豊かにするのだ。

 この映画などは是非、海外に売り込んで世界中で公開してもらいたい。しかし日本は、国が映画をはじめとするエンタメに冷淡で、支援が手薄い。資金を集めて製作するのも、集客して資金を回収するのも大変だ。

 そして集客できなければ、やはりこういう社会的なテーマはだめだということになって、人気マンガの実写化や、アイドルを起用したお手軽映画ばかりになってしまう。

 この映画の宣伝を、私はテレビや駅中で何度か観たのだが、監督の名前がわからない。映画は監督が大切だから、よくよく見て探したら瀬々敬久監督だとわかり、必ず観ようと決めたのである。

 瀬々敬久監督は娯楽作を上手に作りながら、時々、自分が本当に作りたい作品を撮る。その、どうしても作りたかった映画が「菊とギロチン」(2018年)である。大正デモクラシーを背景に、女相撲とアナーキストを描く異色作だった。

 それにしても、この映画に製作資金と著名俳優が集まったのは喜ばしい。瀬々監督がそこそこ、商業的に成功しているからだろうか。「ヘブンズストーリー」や「アントキノイノチ」は、海外の映画祭でも評価された。前作「糸」も評判が良かった。
 
 この映画で私が注目したのは、製作委員会の顔ぶれである。製作委員会は資金調達のためにつくられるもので、要は資金を出す団体の集まりだ。当たり外れの大きい映画製作を、映画会社が単独で担うことはなくなっている。

 この製作委員会システムが、ある意味で諸悪の根源になのだ。コンビニや商社など、全く映画に関係ない業種が入ることによって、資金を集めやすくなった代わりに、色々と口を出されて内容がめちゃくちゃになる。

 ヒットしそうな人気マンガを原作にしてアイドルを集め、最後に言うことを聞いておとなしく映画を作る監督を決める。その結果、作家性の強い主張する監督は敬遠される。近年、映画が作れなくなっている実力派監督は少なくない。

 その点、瀬々監督は出資者も満足させながら、自分の意図も入れていく器用さがある。こうでなくては今、映画は作れないのだ。この映画の製作委員会に、コンビニなどの小売業界が入っていないことも幸いした。この内容では参加する意味がなかったのだろうが。

 ちなみに製作委員会に参加しているのは、アミューズ、木下クループ、トーハン、イオンエンターテイメントの四社だ。このぐらいの数が上限だろう。中には二十社を超えることもあり、悲惨な映画になる。企画はアミューズで、配給は松竹である。

 幸い、この映画は映画好きの間で評判がいい。映画comでは注目度第二位になっている。しかし平日の昼間ということもあり、シネコンの比較的大きなスクリーンでも入りは三割ほどだった。

 まぁ映画館に足を運ぶ人自体が減っており、「鬼滅」レベルの作品でもない限り、こんなものだ。一時は、DVD化で収益を上げるビジネスモデルもあったが、今は配信中心になっている。

 会員になって、公開作品を公開時より安い料金で観る仕組みもあるが、あまり知られていない。もっと宣伝して普及させたいものだ。定額で見放題もいいが、製作にかかる労力や苦労を思うと、安ければいいとは思えない。

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 東宝は今後、スマホでの視聴が増えると見込んで、TikTokとの共催で映画コンペを始めている。そこでは縦型の画面に合わせた作品が作られる。

 よく「要は内容が大切なのであって、何で観ようがいいものはいい」と言われる。それも真実ではある。スマホ視聴が中心になるかもしれないし、今後もメディアは多様化していくだろう。

 しかし、形式が内容に影響を与えるのもまた事実だ。横長と縦長では撮影法も違う。またスマホ視聴もいいが、映画館での視聴はまた別の体験だ。スマホで観た映画も、映画館の大きなスクリーンで観ると、また違う作品になる。

 何より、時間と労力を使って映画館まで足を運ぶというのは、エネルギーの要る作業だ。私はそういうエネルギーを失わない人間でいたい。視聴体験は多様な方がいい。

 私が心配しているのは子どもたちだ。親が何でもスマホで無料、あるいは安価で手軽に済ます家庭では、子どももスマホ視聴しか知らずに育つ。公共空間の豊かさを体験せずに大人になると視野も広がらず、職業生活が不利になるのではないか。

 最後に、この映画は最後に流れる桑田佳祐の歌も良かった。映画の雰囲気を壊さず、余韻に浸ることができる歌詞と旋律だった。「太陽の子」が、せっかくいい映画だったのに福山雅治の歌で台なしになっただけに、ほっとした。


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