小説 介護士・柴田涼の日常 44  戦争ゲームに夢中の看護師、高橋さん

 休憩はユニット内にある小さなスタッフルームでも取れるが、僕は一階の休憩室で取ることにしている。施設の給食も頼めるが、節約のため弁当を持参している。今日のお弁当はおにぎり二つとコロッケが二つ、卵焼きにミニトマトだ。レンジでおにぎりを温め食べ始めているとあとから看護師の高橋さんがやってきた。高橋さんはパートの看護師さんだ。最近ネットの戦争ゲームにハマっているらしく、毎晩九時に集合しなければならず、「その時間にはなかなか間に合わないのよね」と言っていた。

「お疲れ様です。調子はどうですか?」

「仕事の?」

「いえ、ゲームのほうの」

「すこぶる順調でございますよ」と高橋さんは笑いながら答えてくれる。

「今日も九時に集合ですか?」

「八時半になっちゃったのよ。わたし、もっと強い隊にスカウトされてそっちに移ったの」

「そうだったんですか」

「その時間に間に合わせるためにいろいろ大変よ。それに、前の部隊だったら強いほうだったんだけど、今の部隊はレベルが高いからわたしは下っ端なわけ。だからもっとこうしてください、ああしてくださいって隊長からメールで指示が届くの」

「へえー、なんだか大変そうですね」

「二十四時間シールドっていうのを張ってないとね、攻撃されて物資とか略奪されちゃうの。そうするとレベルが1に下がってしまってまた最初からやり直さないといけないの。厳重にガードしておかないといけないんですよ」

「それは大変ですね」

「なんだかんだ、みんな戦いたいのよね」

「そうなんですか」と僕は少し驚いて言う。

「仮想空間の中でとはいえ、戦場にいるってだけでアドレナリンが湧き出てくるし、緊張感が味わえる。わたしね、旦那と大学生の息子と小学生の娘と四人で暮らしてるんだけど、わたしだけ一人で暮らしてるような感覚なの。娘からも『ママ怖い』って言われるし、わたしも『ママは忙しいんだから』って言ってゲームの世界に入っちゃうの。この前なんか別のゲームだったんだけど、あまりに熱中し過ぎて首に注射打つくらい痛くなっちゃったこともありましたね。柴田さんはゲームやるんでしたっけ?」

「昔は少しやってましたけど、今はやりませんね。旦那さんはゲームをしないんですか?」

「旦那さんはあんまりしないですね。わたしと格闘ゲームをやって負けた悔しさから夜な夜な練習しているのを見たことがあるけど、でも基本的にはやらないかな」

「お母さんがゲームにハマる家族ってなんだか珍しいですね」

「そうかしら。けっこういるんじゃないかしら」と言って高橋さんはスマホの画面を開く。

 僕は残りのおにぎりとおかずを食べてゆっくりする。

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