小説 介護士・柴田涼の日常 153 「ケライにしてください」と頼むナシタさんに癒される、映画『アバター』

 ナースの高橋さんがお昼の薬箱を回収し、夕方と翌朝の薬箱を渡しに来たとき、「柴田さーん、金利が上がって株が暴落してるのよ。わたしの頭は混乱状態よ」と言っていた。株もやらず住宅ローンも組んでいない僕にはさして影響はなさそうだ。

 休憩時、緑川さんと一緒になったので、この前角田さんから聞いた話を振ってみる。

「Dユニットのリーダーの野原さんってケチなんですか?」

「うーん、オレの口からはなんとも言えないなあ」

「なんでですか?」

「回り回って相手の耳に入ったらイヤだもん」

 緑川さんは慎重な人だ。

「ユニット内で多数決を取って、野原さんが提案したタブレット端末のワイヤレスキーボードも否決されたのだとか」

「だって誰も使わないじゃないですか」

「そうですよね。ちょっと考えがズレてますよ」

 休憩から帰ってくると、間宮さんはすぐに退勤する。とくに変わりはないみたいだ。

 夕食のお茶をヨシダさんに飲ませていると、ナシタさんがハットリさんに「ケライにしてください」とお願いしていた。

「キライ? あたしのことがキライなの?」

「いえ、ケライにしてください」

「ケライ? ちょっと先生、なんて言ってるか教えてくんない」

「ケライにしてください」

「ああ、家来ですよ、家来。ハットリさんの子分にしてくれって頼んでるんですよ」

「ああ、家来か。あたしは家来なんかいらないよ。家来になったって教えてなんかあげないから」

 ナシタさんは介護依存が強く、ハットリさんに対しても「教えてください」と言って、エプロンの付け方から車椅子の漕ぎ方までなんでも聞く。実際はぜんぶやってもらいたいのだが。ナシタさんにはプライドも何もない。「お願いしまーす」と脳天気に言われるとときに疎ましくもあるが、すっとぼけたところがときに癒しになることもある。

 この日は、腰が疲れたが、就寝介助はのんびりと自分のペースでできたので、最後はストレスなく終わる。

 家に帰ると、仕事用の靴の洗浄をする。ナシタさんの便が靴に落ちてしまい、少し汚れてしまっていた。夏の終わりくらいから今までずっと洗っていなかったので、だいぶ薄汚れていた。洗い終えると丸めた新聞紙を入れて乾燥させる。お風呂から出てくると、すでに新聞紙はびしょびしょに濡れていたので、新しいものと交換する。明日の日中は外に出しておけば乾くだろうか。

 翌日はお休み。『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』を3D上映で観る。映像はキレイだったが、なにせ三時間を超える超大作だ。開始一時間後くらいからトイレに行きたくなり、もう最後は画面に集中するのもやっとという状態だった。ようやくエンドクレジットが流れ出したので急いでトイレに駆け込む。途中で行っておけばよかったと思った。エンドロールのあと、何かがあったかもしれないからだ。3Dの映像は迫力があったが、2Dでも十分楽しめたと思う。主人公家族の娘が他の生き物と交信する様子が印象的だった。彼女のように自然と交信することに憧れてしまう。それと、父親は大変だなと思った。僕は誰かの父親になるのだろうか。

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