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7月11日、東京の中心でしあわせでありつづけたケモノ

久しぶりの日記である。三日坊主は例によって筆を折るよりも先に置いた場所を忘れ、探すことすらも忘れたうちに、気づけばオリンピックまで10日ばかりになっていた。そして、ぼくは無職ではなくなっており、なんなら結構はたらいていた。この日記も、締切前の休日のオフィスから書いている。自分にとっては難易度の高い編集作業につかれたので、ちょっと適当に書き殴ってみようかという試みである。

2020年の後半、たしかにわたしは無職としての生活を楽しんでいたし、あの期間のおかげでいくつかのなにかが癒えたのは間違いないと思えた。当時と比べれば、随分と世界がクリアになった感覚がある。みずからの視力が上がるほどに、Twitterのタイムラインを更新するたびに流れてくる現実に目を覆いたくなるけれど、マスクをつけて自宅を出た半径5メートルの世界の充実から、東京外環道C3の向こう側ぐらいまでには飛び出していけそうな胆力を取り戻せたような気がする。

さっき、ふと思い立って、あのころの日記を読み返した。
書き残しておいてよかった、と思えた。
もともと、あれはきっと今日の、そしてまたいつかの自分だけ宛てた手紙のようなものだった。底を流れるように生きていた日々のなかで、なにかをつかもうと綴っていた自分を健気でかわいいと思えた。

いまも別に傷が癒えたわけではなく、ただ「傷があった」という事実を受け止められたことが、本当によかった気がする。自分にとって、ここ数年のダメージはそうそう消えるものではなかったし、それはきっと今でも変わらない。ただ、それを傍においたまま走ることができる。仕事を、生活を、あたらしい出会いを楽しむことができる。

わたしは、幸せになってよいということを自分に許すことができた。それだけのことを知るために、わたしはあの頃、たしかに無職だった。それを忘れないでいたい。

わたしは、幸せでありたい。
こんな時代であっても、どんな時代になっても、幸せでありたい。
少しだけ取り返した視力で、何を見ようか。
そんなことを考えながら、今夜もゆっくりと眠るのだろう。

たまにはこんな日もいいじゃないと、そんなことにやっと気づいた。

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