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他人さまの「生(なま)の気づかい」って、染みるわあ。

そのひとことで、景色が変わる。

「お待たせしてしまって、すみませんでした」
レジを打ち終えたあと、とつぜん彼女はそう言った。

***

ドラッグストアでのできごと。
はじめてその店を訪れたのは、数日前だった。たまたまその店の近くを歩いていて、のどが渇いたので水を買いたいと思った。入店すると、入り口にいた男性店員も、品出しをしている女性店員も、すれ違った女性店員も、全員が「いらっしゃいませ」を言わない店だった。

違和感は感じてしまったけど、

(まあそういう方針なのね)

と、ふかく考えず水を1本買って店を出た。

そして今日、ふたたび訪れる機会があった。
飲みものだのなんだのを買って、レジへ向かう。

その店はレジが3つ。

1番レジは新人さんのようで、レジから「ピー、ピー」とエラー音が鳴っていた。先頭のお客さんはずっと待たされていて、なんとなく長くなりそうだと思ってベテランぽい方が担当している2番レジに並んだ。

わたしの前のお客さんがレジを打ち終えると、1番レジの新人さんが「すいません、クレジットカードが通らなくて…」と、わたしのレジのベテランを呼んだ。ちょうどわたしの番だったが、ベテランの女性はわたしに「少々お待ち下さいね」と言って1番レジへ向かっていってしまった。

ふと、後ろを向くと、気づかないあいだに数組のお客さんが立ち尽くして待っていた。

その状況を見たベテランの女性が、インカムで3番レジに別の女性店員を呼ぶ。

10秒もしないあいだに、すかさず黒髪の女性店員がやってきた。
3番レジに入るやいなや、なぜかわたしの後ろに並んでいる2組を「お待ちのお客さま、こちらでどうぞ」といざなった。

(…あれ?わたしは?)

2番レジには、先頭のわたしだけ取り残された。

おそらく、ヘルプに飛んできた女性店員は、2番レジのベテランがもう戻るころのタイミングだと勘違いしたのだろう。

ポケー、と立ち尽くすことになったわたし。

しかたないので、3番レジの最後尾に並びなおした。

(ていうか、このお客さんたちも、この状況でよく我先に行けたなあ)

とは思った。わたしだったら「あの方、先です」って言うかも。

(まあ、もともといらっしゃいませ、もないような店だし、いいや、べつに…)

そんなことを考えていると、ようやくわたしの順番がきた。

「◯◯円になります」
「えーと、楽天ペイでお願いします」

(どうせ、この店員さんも、なんとも思っていないんだろう…いーけど)

ピロリン、とスマホが鳴って、決済が終わった。
レシートを受け取る。スマホをポケットにしまう。

その瞬間、

「お待たせしてしまって、すみませんでした」
レジを打ち終えたあと、とつぜん彼女はそう言った。

「いーえー、だいじょうぶです!」

反射的にわたしは答えた。

(おお…まじか…)

最後に彼女は、ちいさくわたしに謝罪をしてくれた。

なんということでしょう。
わたしの薄曇りのこころが、そのひとことで、一気に晴れた。救われた。

そのセリフ、わたしの前の2組には言っていなかった。
つまり、この店員さんは、2番レジのベテランさんがすぐ戻らず、結果的に先頭のわたしを取り残してしまったことに、あとから気づいていたのだ。

しかもそのありがたいひとことは、レジを打ち終わったあとだった。

わたしも不満ではあったものの、もちろんそんなことで文句を言ったわけでもないし、そんな仕草も見せたわけでもない。

決済も終わったし、あとはわたしをただ「あざしたー」って放流すれば、良かっただけのことなのに。

そのひとことを言わなくても、何事もなかったように、やりすごすこともできたはずなのに。

レジを打つ前に言うのではなく、すべてが終わったこのタイミングで言ってもらえたことがうれしかった。
だってそれは、ただの接客用のことばではなく、仕方なく言ったのでもなく、単純にその人の気づかいじゃないですか。

もしかしたら、その方の接客に対する「矜持」だったのかもしれない。ふとしたミスをカバーしただけなのかもしれない。
だとしたら、その「矜持」に乾杯だよ。たいしたもんだよ。

でもね、刺さりましたよ。
鬱屈していたわだかまりがスーッとなくなり、一瞬でこころが温かくなった。店を出ると、空の青さが鮮やかになったような気がしたくらい。

そういう気づかい、わたしも絶対にやっていこう。とあらためて思わされたできごとでした。






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