見出し画像

【リクエスト】猫の話

 最近、やたらと懐いてくる子猫がいる。

「にゃあ」

 それは今、おれの足元でうろちょろしているこいつだ。小さい体で足元をうろつかれたら歩きにくいと言ったらありゃしない。
「おい」
「?」
 おれが怒り調子で声を掛けても素知らぬ顔だ。まるでおれがなぜ怒っているか分からないとでも言いたげな表情で小首を傾げる。
「はぁ……あまり足元を歩くな。邪魔で仕方ない。『猫踏んじゃった』なんて物騒な歌もあるが、おまえもそうはなりたくあるまい」
「にゃあお」
 全く。少しもわかっていないじゃないか。そう呟きかけた時、スっとこいつは足元を離れ、おれの2歩後ろほどを歩き始めた。なんだ、話せばわかるじゃないか。少しほっとしたおれは、目的地へ行く歩みを早める。今日はミーティングがあるんだ、子猫に構っていて遅れたではおれの立場がない。
「おまえも来るのか?」
 少し冗談混じりに聞いてみる。すると、
「なーお」
と、吐息混じりの声で鳴いた。どうやら着いてきたいようだ。
「着いてくるのはいいが、おまえは参加出来ないぞ」
 釘を刺す用におれが言ってやると不満げにフンと鼻を鳴らしていた。それでもおれの後ろから離れない辺り、余程の寂しがり屋なのだろう。
「親はいないのか」
 道すがら世間話を振ってやる。おれは気遣いができるからな。沈黙を少しでも紛らわしてやろうという計らいだ。
「な〜ぉ」
 寂しげにひと鳴きするとそっぽを向いた。なんだ、おまえ。親がいないのか。それを知るとなんだかいたたまれない気持ちになった。おれも天涯孤独の身だ。周りのオトナたちに暖かく育てられたから今まで生きてこれたものの、それがなければどこぞでの垂れ死んでいただろう。そう思えばすごく親近感のような哀れみが、ぽつりと心の底から浮かんできた。
「そうか」
 かける言葉が分からず、出てきたのはそれだけだった。あぁ、おれはこいつになにかしてやれるだろうか。今日の帰りにでも、飯を持ってきてやろうか。そんな考えが頭をよぎる。しかし、おれもおれを世話するので精一杯なのだ。子猫一匹養う余裕なんて、おれには無い。……見たところ、生後半年と言ったところか。まだまだガキじゃあないか。これまでどうやって生きてきたかは想像に難くない。同年代の甘えて育ったヤツらには思いつきもしないほどの苦労だったのだろう。おれにはわかる。オトナのおれが育てなくて誰がこいつを育てられる。そう思うと決心が着いた。と、曲がり角の先に目的地が見えてくる。
「この先には怖いオトナたちがたくさんいるから、おまえはここら辺に隠れておれの帰りを待っていろ。飯も持ってきてやる。それと、そうだな。帰ったら名前をつけてやろう」
 おれがそう言ってやると
「うなん」
 と、わかったんだか、わからなかったんだか、わからない返事をした。おれは来たるミーティングに向けて、颯爽と会場へと到着した。

 はぁ。疲れた。ミーティングというのはいつになっても疲労が他の比ではない。ただでさえ土地に関する話題なんてそうそうしたいものではなかろうに。第一、もとよりおれたちの土地ではないというのにどこそこに誰が住むだとかそういう話し合いは意味があるのだろうか。
 おれの愚痴はいい。いや、というかおれの話をしていなかった。ここはお決まりの文句でも言ってやろう。
 おれは猫である。名前はモミだ。それ以上でもそれ以下でもない。強いて言えば今回の会議で住処が三丁目の真白商店の軒下になったことくらいだろうか。
 昼飯のことを考えながら川べりを歩いていると、水面にきらりと光るものがあった。あれは魚の腹だろうか。腹を好かせて待っているチビのこと考えると、あれくらいの贅沢はいいだろう。おれは軽く伸びをして、川に飛び込んだ。

END



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?