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星新一の『処刑』へ。愛を込めて

 砂漠を歩く。

 砂漠を歩く。

 砂漠を歩く。そんな夢を見る。

「……!」

 ガバッと上体を起こして辺りを確認する。まだ暗くてそれでいてとても寒い。岩陰に隠れて蹲ったまま寝ていたが、一層体を縮込める。
 バッグからガチャガチャのカプセルほどの大きさをした球体を取り出す。天頂の赤いボタンをボタンを押すと球全体がオレンジ色に光り始める。コップを取りだして数秒待つと、ビーッと音が鳴って、注ぎ口が開く。コポポポポ。コップ一杯分、丁度が注がれる。それを飲むと暖かく、味がしなかった。この星の空は綺麗だ。

 いつの間にか、岩にもたれて寝ていたようだ。日はもう高い。

 赤い丸薬のような朝飯をコップの水で腹に流し込むと、荷物をまとめしばらく歩く。この星の一日は長い。なんの目的もないがただ歩いている。何となく、同じ場所に居ない方が安心するような気がして歩く。
「───ぁ……ぁ」
 数時間。歩いていると地面に倒れ込んでいる男が見えた。近寄ると男は亡者のように顔だけでこちらを見ている。初めは死体かと思った程だ。生きている人間に会ったのは34日ぶり、この星の時間では1週間と少しぶりだ。頬骨にこびり付いているように痩せこけた頬の肉、ひび割れた額から砂がポロポロと落ちる。酷く薄いまぶたの奥にある目には光がほとんど灯っていない。
「み、ず……」
 絞り出すようにそう俺に言った。そうに聞こえただけかもしれない。この男に声を出すほどの体力すら残っているようには見えない。
 辺りを見渡す。すると、男のものらしきバッグがあった。駆け寄って中を見ると球がでてきた。深呼吸をして恐る恐る3つのボタンを押してみる。が、反応はない。なるほど、どうやら壊れてしまっているらしい。道理で。足元の男を一瞥する。俺を騙して襲いかかるつもりなら、もうとっくにやっているはずだ。
「───し、しにたく、ない」
 口の端に砂が着いている。それを吐き出すような払うような素振りも見せず、落窪んだ目の奥からは俺をひしと見つめている視線を感じた。
「……はぁ」
 ……ただの気まぐれだ。或いは贖罪の意志だったかもしれない。男のバッグからコップを取りだして、俺の球で水を注ぐ。そいつを男に渡したが持ち上げる気力すらないようだ。無理やり男の口にコップを押し当て水を飲ませてやる。
 俺は自分のバッグから干した加工肉を3枚出してやる。
「赤い丸薬ほどじゃないがこいつでいくらかは凌げるはずだ。こいつで他のやつから球を奪うなり、死に場所を探すなりすればいい」
 もしもの時の為にと作ったはいいものの、食べる気の起きなかった加工肉を処分する口実ができた。とはいえこいつはまだバッグいっぱいに入っているのだが。なんせ加工肉の材料はこの星にはウンザリするほど落ちている。菌の類が生きられないのか、それらのほとんどはかなり保存状態が良い。
 わかったのかわかっていないのか、男は俺の話している最中も俺の目の奥を、あるいはそのもっと奥にある何かを覗いているようだった。

 男からどさくさで拝借した壊れた球を弄る。濡らしても殴っても岩に叩きつけても傷一つつかない。本来、この球は壊れるはずがないのだ。もちろん外的要因、詰まるところ衝撃による破壊が不可能ということだ。もしそれが可能なら、少し知識のある人間ならばあるいは『その装置』をとりのぞくこともできてしまうだろう。
 ───それとも、『こういったやり方』が新しく地球の方で決まったのだろうか。俺の球を取り出しまじまじと眺める。こいつは一体どっちなんだろうか。俺の命を一瞬にして奪い去る爆弾なのか。はたまた、じわじわと俺の命を奪う蛇なのだろうか。それともまだ見ぬ『罰』をこの球は持っているのだろうか。そう考えると赤い丸薬も信用に足るとは思えなくなってくる。もしあの丸薬が、今も尚俺の体を蝕んでいるとしたら?
 そこまで考えて俺は頭をおおきく振り、思念を追い出した。いくら見つめても球は答えてくれない。金にしてやろうかとも思ったが、そも、この星には通貨は無いことを思い出して自らの悪癖を呪った。まだ地球にいた頃の癖が抜けない。荒廃したこの台地では、クソの役にも立たない。
 初めから覚悟はしていた。地球にいた頃から、こういった処刑法があることを俺は知っていた。どんな罰も受ける覚悟は出来ているはずだった。それでも、今はこの球が、力を入れれば握り潰せてしまいそうなほど小さいこの球が、怖かった。
「───クソッ!」
 思い切り地面に投げつける。ガツッと音はするものの拾い上げてみれば表面には砂が付着している程度で、傷一つない。

 夜が来た。厳密に言えば、空はまだ明るいが俺は、俺の体力に限界が来た。眠気もある。砂漠の暑さをしのげるような岩陰をみつけ、俺は眠ることにした。
 別段深い意味は無いが、いつもはバッグに入れていた球を出し、遠く離れたところに置いてから眠った。
 今が刹那のまどろみなのか、永い夢なのか分からない。そんな思考の浮遊感の中で俺はここに来ることになった経緯を記憶の中に見た。
 宇宙艇の椅子に拘束され、やけにでかい視覚、聴覚を遮断するヘルメットを付けられた俺は、船内に充満するガスで眠りについた。夢の中ではこの銀の球についての説明を受けた。押せば水が出る。あるいは爆発する。長い説明をまとめると概ねそんな様子だった。弟を守るために、殺した命への贖罪にしては些か重すぎる気がしたが、事件に関するすべての資料、データが読み込まれた裁判械(さいばんかい)の下す判決は絶対だ。情状酌量の余地は無い。そう判断された。
 そしてこの星に着いた。娯楽も生きがいも義務もない。この星にあるのは延々と続く砂漠と荒野と廃墟、そして、生活と死だけだ。

 目を覚ます。球は無事だ。転がってどこかへ行くことも、何者かに盗まれることも無く、俺の起床を待っていた。ただそれだけの事が何となく愛おしくなってつい、球の元へ駆け寄った。拾い上げて砂を払って。頬擦りをした。ただ1人、俺の帰りを待っていた。その事だけで無性に愛おしくなり、それと同時に眠りにつくの行動に対して罪悪感を感じた。
 そうか。この球は家族なのだ。いつ落とすかもわからない命を共有し、共に生きているのだ。俺は球をバッグに入れるのをやめ、手に握りしめた。
 それからまた歩く。砂漠を歩く。

 俺の刑期(たび)はまだ続く。






あとがきです。
 普段は書かないんですけど、誤解がないように。
 星新一さんが好きです。星新一さんの書くショートショートが好きです。中でも『凍った時間』と、この小説の元ネタでもある『処刑』が好きです。
 『処刑』の主人公とは別人だと思ってください。
 ここまでお読みいただきありがとうございます。
 何か問題があれば消します。

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