パウダーオレンジと夜の空

 部屋の窓から、夜の空を見る。大きく息を吐くと、肺の中から白く有害な煙が出る。少し目に染みる。
 顔の前にふわっと、あの人の匂いが広がる。別れを告げたあの日から連絡は来ていない。僕に残されたのは君を懐かしむための習慣だけだった。
 君の部屋に入ると、いつものこの匂いがした。ベランダで空を見る君と、それを見つめる僕。
「こっちにおいでよ。涼しいし、星が綺麗だよ」
 君が言う。僕は促されるままにベランダに出た。夏の蒸し暑さとは違う。涼しい夜風が僕の肌を撫でた。君が煙を吐く。
「目に染みる〜」
 僕がそういうのも構わず君は笑っていた。あの頃の君はきっと僕よりも広い世界を見ていたんだろう。君と同じ歳になった今なら少しわかる。その当時の僕は盲目的で、そのベランダが世界の全てで、世界には君と僕の二人きりだと思っていた。けど、君は違った。将来とか生活費とか社会とか。そういったものから目を背けたくて、たった数分の煙に縋っていたんだ。
 君が勧めた曲を聴いた。
「いいと思う」
 そんな小学生並みの感想しか出なかった僕を君は愛してくれていた。

 全部、自分が吐き出すこの煙に慣れてから気づいたことだった。
 君はもう僕の世界にはいない。

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