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【人生を変えた旅~前編~】

先週無事にOPEN一周年を迎え、
元気いっぱい2年目に突入した、志庵です‪‪☺︎‬
暖かいお祝いのお言葉を沢山頂き有り難い限りです。
いつも優しい方達に支えられております𓆸⋆*感謝。
今日は1年前お店を始めるきっかけとなった
【人生を変えた旅の話】をしようと思います。
そう、私と屋久島の出逢いのお話しです。


▪️屋久島に呼ばれている

事の始まりは、遡ること5年前、2016年の春。
両親が某旅行会社へ旅行の相談をしに行くとのことで
たまたま仕事が休みだった私は、
なんとなくフラ〜っと両親に同行したわけです。
この行動が後に私の人生を大きく変えるとは露知らず…

さて、ノコノコ付いてきたのは良いものの、
自分が旅行に行くわけでもないのでとっても暇。
暇を持て余した私は、旅行会社に沢山並べてある
パンフレットを眺め始める。
すると、ある場所のパンフレットから目が離せなくなり…気がつくとそれを握りしめていました。
もうお気づきでしょうか?
そのパンフレットには縄文杉の写真に大きな文字で
"屋久島"と書かれていたのです。
昔から1度は訪れてみたいと思っていた屋久島。
機会は何度もあったのでしょうが、この時は何故か
「島に呼ばれている」「今、行かなくちゃ。」
という不思議な感覚が身体中を駆け巡っていました。
(従来そのような不思議な力は持ち合わせておりません)

娘が屋久島と運命の出逢いをしているとは知る由もない両親が、旅行の相談を終え私のもとにやってきます。
パンフレットを握りしめ、立ち尽くす私に
父がひと言「行きたいなら行ってみたら?」と。
「うん、そうしようかな…」と私。
運命が変わる瞬間はサラりとやってくるものですね。
それから何ヶ月かが経った2017年6月。
いよいよ屋久島へ2泊3日の一人旅。


▪️自分をみつける旅へ出発

島根から屋久島へのルートは何パターンかありまして
またそれは改めてお話ししようかと思いますが、
記念すべき初の屋久島行きルートは
・松江~岡山→特急やくも
・岡山~鹿児島→新幹線
・鹿児島~屋久島→高速船トッピー
片道約10時間の旅です𓂃 𓈒𓏸◌
もっと早く行く方法もあるのですが
私は旅の道中の読書タイムがとても好きな為
ゆっくりと屋久島へ向かう方法を選びました。

2017年6月某日、早朝。
始発の特急やくもに乗る為、松江駅へ降り立ちます。
ホームで列車を待つ間、ドキドキワクワク。
旅に出る時はいつでもわんぱく少年の気持ち。
因みに…この時のBGMはケツメイシの『旅人』でした。
歌詞が心情にぴったりすぎて出発前から感極まる。
(良かったらお時間ある時に聞いてみてください。)

時々本を読み、居眠りをし、起きてまた本を読み📖´-
旅の道中って何故にこんなに楽しいのでしょう。
時々今までの自分を振り返ったり、
私はいつになく穏やかな気持ちで屋久島へ向かっていました。


▪️旅に出た本当の理由

実は屋久島行きを決めた頃、
メンタルがとても弱っておりました。
働いていた洋服屋さんでの仕事は店長10年目くらいで、お客さまも沢山ついてくださっていて、
やり甲斐はあったし充実もしていたのだけれど
この先もずっとこのままで良いのだろうか、
この先にまだ成長はあるのだろうかと。
自分の存在意義だとか
生きている意味だとか生かされている意味だとか。
考えても答えの出ない問題の無限ループにハマり
日々悶々と過ごしていたのです。
同じ時期に稀に見る大失恋をし(軽くスルーします…)
朝から夜中まで仕事をかけもちし(一旦スルーする…)
当時36歳、心身ともにズタボロでした。

この頃の私の思考は酷く拗れていて、
とにかく只の"私"になりたかった。
経歴とか肩書きとか全て取払った"何者でもない私"。
誰も自分のことを知らない所に行きたいなぁ…と
漠然と思っていた時期でした。
生きていればそういう時もあるのでしょう。


▪️旅の続きはまた次回

まるで導かれるように出逢った屋久島。
屋久島への旅は"何者でもない私"になりたかった私が
そもそも"何者でもなかった"のだと知る為の旅だった。

それは2泊3日の旅行ではなく明らかに人生を変える旅でした。このお話しの続きはまた次回𓂃 𓈒𓏸◌

※本当は屋久島に着いてからのことまで
今日のnoteで書くつもりでしたが、
旅に出るまででこんなに長くなるとは夢にも思わず…
本当にすみません。。。
次回、初めての屋久島~上陸編~
また来週の月曜日を是非お楽しみに✩.*˚

最後まで読んでくださり有難うございました。

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