草取り。(その5)

「時は来た……!」

きっぱりとそう言った母を見て、私は、この人はいつだって、ふざけているのか本気なのかわからない、大体この大袈裟な格好だって……と考える内、なんだかたまらなく可笑しくなってしまい、笑いをかみ殺すのに一苦労していると、母は、その微妙な"間"に耐えられなくなったのか、

「それだけだ………!」

と言い放って、その場からそそくさと逃げ出し、草を掻き分け掻き分け、早々に敵陣深くへと潜り込んでいった。そして、おもむろにしゃがみ込んだかと思えば、一騎当千、一面に広がる草の群れを、ばっさばっさと薙ぎ払い、それは正に一網打尽、今まで草に覆われていたはずの地面を、あっという間に露にしたのである。そして、前方へ移動しては、あっという間に周囲を刈り尽くし、前方へ移動しては、あっという間に周囲を刈り尽くし、それを繰り返す内に、刈られた草が見事なまでに真っ直ぐに、一直線状に積まれてゆき、その山は、目をやる度に、距離を増すのであった。草を一網打尽にするのも妙技だが、そうして刈った草を、こうも綺麗に一直線に積んでいくのもまた妙技であろう。

それを見た私は、驚嘆と畏怖とで暫し呆然として、愚かにも、もはやこの状況では出番はないのではないかとすら考えてしまい、戦意喪失しかけたが、なにも、あれを真似する必要はない、母がそのような兵法でゆくならば、私は、密集しておらず、ほうぼうに散った小さな草を、ひとつひとつ丁寧に抜いてゆき、援護に徹するのみ、と己を鼓舞し、作業を始めた。この戦法では、圧倒的な体力こそ必要としないものの、小さな草は必然的に茎が細く、適切な力で引かないと半端な位置でプツリと千切れてしまうし、また、密集していないものを、ひとつずつ、つまんでは引き、ひとつずつ、つまんでは引く、この繰り返しには忍耐と根気が必要で、肉体的な疲労に関しては、全くもって大したことはないと言っていいが、見渡せばまだまだ広範囲に散る背丈の低い草の群れと、遅々として高さを増さぬ草の山を見れば、その無力感たるや、主を失った伽藍の堂のような虚無を呈し、それは、精神というものを、徐々に徐々にではあるものの、着実に擦り減らすには十分なものであった。そのせいだろうか、私は次第に集中力が低下していくのを感じ始め、心ここにあらず、今まで以上に作業が捗らないし、私はどうしてしまったのだろうか、何かがおかしい………、と思えば、サーッと血の気が引くのを感じ、視界がふわっと白くなって、そこから暫くの間の記憶がない。いや、あるといえばあるのだが、それは明らかに、こちらの世界での記憶ではないのである。


──


後で母から聞いた話によれば、ドサッと音がして、私のほうへ目を向けてみれば、私は、顔から突っ伏して、気を失っていたのだという。 ──それにしても、さすが私である。決して後ろ向きには倒れないのだ。── 母は、大変に驚いて、大慌てで駆け寄ってきたというが、妙に冷静なところもあって、私が背負っていたハイドレーションパックを持ち上げてみて、少しも軽くなっていないことを、そして、私の額と首に触れて、異様に熱いことを確認すると、私が熱中症にかかったことを確信し、まずは私を引き摺って近くの日陰に移動させ、大量の水を頭から爪先までくまなく浴びせたそうだが、それでも私は目を覚まさなかったので、もっと急速に身体を冷やすため、いつか使う日が来るかもしれないという、例の根拠不明の理由で凍らせてあった保冷剤を布巾に包み、私の首の周りに巻き付けたり、脇の下に挟んだりした後、水風呂を用意しに行ったのだそうだ。

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