草取り。(その6)

ふっ……と我にかえると、私は知らない世界に居るようだった。

ここには、光も音もないようで、何も見えず、何も聞こえてこない。そればかりか、上下や左右や前後という概念すらないようで、かろうじて、頭の側が上、足の側が下、右手側が右で、左手側が左、そして、お腹の側が前で、背中の側が後ろ、という意識くらいは持てるものの、地面はないし、空だってなく、また、重力に相当するものもないようで、私はどうやら漂っているようなのだが、実際はそうではないかもしれず、本当はピタッと静止しているようでもある。

いずれにしても、この、光がなく、音もなく、何も見えず、何も聞こえないという環境の中では、この世界の素性は一体どのようなものであるのか、推察すらできないし、自分が今、どんな状況に置かれているのかということすらも、把握することは困難、いや、不可能であった。

今、この状況下では、私に出来ることは何もない。そう考えた瞬間、無意識にも口をついて出たのが、

「こんな時、母上がいたらなぁ……。」

だったものだから、何もわからないし、何もないようにさえ感じられるこの世界に来てから、意識にのぼりすらしなかった母を、私は、不覚にも思い出してしまい、また、この世界に来てからは、世界にただ1人しか居ないことは当たり前だった筈なのに、孤独という感覚までをも思い出す始末で、不都合なことに、一度思い出してしまったからには、もはや、これらを忘れることなどできるわけもなく、母のことを、また、孤独であることを、意識すればするほどに、心細さは膨れ上がって、私の両目からは、遂に堪えることが出来なくなった涙が、ぽろぽろ、ぽろぽろと、こぼれ始めたのであった。

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