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書簡で読み解くマリー=アントワネット王妃とフェルセン伯爵


表題の通り、今回は書簡を通じてマリー=アントワネット王妃とフェルセン伯爵の二人の関係性について紐解いていく。様々な噂がされた二人だが、その真相はいかなるものなのだろうか。

マリー=アントワネットからアクセル・フェルセンへの書簡

1791年9月26日
ここで終わりにしますね。けれど、あなたに言わずには、どうしてもいられないのです。私の親愛なる優しき友人よ、私は狂おしいほどにあなたを愛しています。そして、私があなたを崇拝しない瞬間は決してありません。

マリー=アントワネットとフェルセンの関係性については、長らく議論が交わされてきた。二人は当時から愛人関係にあると噂されていたが、決定的な証拠があったわけではなく、フェルセンは王妃の親しい友人の一人にすぎないという反論もあった。王妃の美徳や清廉潔白を信じる人々もおり、長きに亘って二人の関係性については議論されてきた。実際のところ、その真相はどうだったのだろうか。実は、前述した王妃の書簡は隠蔽のために黒塗りされており、長きに亘って判読不能とされてきた。だが、最新の科学技術がその解読を叶えた。元の文章のインクと隠蔽に使用されたインクの成分が異なるため、高性能スキャナーと特殊な画像処理ソフトを用い、成分の差異から両者をソフト上で分離し、元の文字を浮かび上がらせることで、その内容が判読されるに至った。書簡の内容をどう解釈するかで、二人の関係性についての捉え方も変わってくるだろう。ただ、これが親しい友人同士の書簡でやり取りされる言葉選びだろうか。

マリー=アントワネットからフェルセンへの書簡

1791年6月29日
愛しい人よ、私が今ここに生きているのはあなたを崇拝するためです。私があなたのことをどれほど心配しているか。けれど、私に手紙を書かないでください。それは私たち皆にとって危険なことです。いかなる場合でも返信しないでください。ここからの脱出を手助けしてくれたのが、あなたであることは皆に知れています。あなたが姿を現したら全てが失われることになるでしょう。私たちは昼夜問わず監視されていますが、気にしていません。私のことで悩まないでください。私の身には何も起こりません。きっと国会は寛容な態度を示すでしょう。さようなら。最も愛された人よ。もう書けません。けれど、死ぬまであなたを崇拝することを止められるものは何もありません。


ヴァレンヌ逃亡事件の直後に王妃が身の安否を知らせるため、フェルセンに宛てた書簡である。厳しい監視下にある上、フェルセンの協力が既にばれていることが綴られている。

マリー=アントワネットからフェルセンへの書簡

1792年7月9日
さようなら。私を哀れんで、そして愛して。何よりも、私を否定しないで。愛する人に一瞬でも否定されたら、死んでしまいます。私は、あなたを崇拝することを決してやめません。


この書簡が書かれた前年の1791年にルイ16世が処刑されており、マリー=アントワネットは夫を失っている。そうした背景もあってかなり精神不安定な様子が書簡から窺える。

マリー=アントワネットからフェルセンへの書簡

さようなら。私の心は全てあなたのものです。


王妃の最期のメッセージが綴られた紙片は、フェルセンの日記の1795年3月19日の部分に貼り付けられていた。直球すぎて胸に刺さるメッセージである。ストレートで情熱的な彼女の性格が窺える。

アクセル・フェルセンからソフィー・フェルセンへの書簡

1793年10月17日
私は彼女のために生きた。彼女を愛することを決してやめなかった。私が激しく愛した彼女。キミのためなら千の命も捧げる。だが、もういない。彼女は生きていない。痛みがひどい。これから先どう生きていけばいいか分からない。

この手紙の宛先人ソフィー・フェルセンは、アクセル・フェルセンの実妹である。フェルセンはマリー=アントワネットが処刑された翌日に書簡を書き、妹に心境を打ち明けた。王妃の死が耐え切れず、絶望するフェルセンの心中が窺える。ヴァレンヌ逃亡事件の失敗をフェルセンは生涯後悔することになった。

クロイツからグスタフ3世への書簡

陛下に打ち明けなければならないのですが、若きフェルセン伯爵はフランス王妃から一際目を掛けられ、何人かに嫉妬心を与えてしまいました。正直に申し上げると、王妃が彼に愛情を寄せているのは間違いないでしょう。私はあまりにも多くの確たる証拠を目にしてしまい、どうしても二人の関係を疑うことしかできないのです。ですが、若きフェルセン伯爵が控え目で慎重な態度を取り、アメリカに旅立つ決心をしたことは、実に感心する振る舞いでした。宮殿から遠ざかることで、彼はあらゆる危険を避けたのです。しかし、降り掛かる誘惑を乗り越えるには、もちろん彼の歳以上の固い意志を必要とします。出発間際の数日間、王妃は彼から目を離すことができず、その見つめる目には涙が溢れていました。王妃のために、この件は陛下並びにフェルセンだけの秘め事として留めておいてください。彼の出発が知れると、王妃に寵臣たちは皆大喜びしました。フィツ=ジャム公爵夫人はフェルセンに「どうしたのですか、伯爵。せっかく手に入れたものを捨てるのですか?」と訊きました。すると彼は「もし本当に手に入れているならば、捨てたりはしないでしょう。私は気兼ねなくここを発ちますし、残念ながら何の未練もありません」と答えました。この返しは、彼の歳以上の賢さと慎重さを備えたものだと、陛下も認めてくださることでしょう。とにかく、王妃は以前に比べて遥かに自制され、思慮深く振る舞われております。

スウェーデン大使クロイツによるこの書簡は、マリー=アントワネットとフェルセンの関係性を知る証拠となる。また、マリー=アントワネットはパリ駐在のクロイツにフェルセンが自分のところに顔を出さない日が続くと、その理由を執拗に訊ねた。クロイツは王妃のそうした様子などを見て、彼女のフェルセンに対する好意をはっきりと感じたのだろう。クロイツの冷や汗をかく感じが書簡から伝わってくる。

アクセル・フェルセンからソフィー・フェルセンへの書簡

あの方は、とても不幸だ。あの方の勇気は何者にも勝るもので、だからより一層私は同情を寄せている。私の唯一の苦悩は、あの方の不幸を完全に慰めることができず、あの方が手に入れるべき幸せを与えてあげられないことだ。あの方はよく私と共に涙を流してくれる。あの方を愛すべきかどうか、教えてほしい。

フェルセンが妹に宛てた書簡には、彼の王妃に対する想いの葛藤がはっきりと書かれている。フェルセン側にも気持ちがあったことの証拠で、複数の人間の書簡から、二人の深い関係が間違いないものだったことが窺える。また、フィツ=ジャム公爵夫人からの意地悪な質問にフェルセンは「もし本当に手に入れているならば、捨てたりはしないでしょう」と答えているが、この返しは意味深である。本当は手に入れたいが、それが叶わないことを相手に告げているも同然。後にフェルセンが妹に宛てた書簡がこれに繋がってくるのである。

アクセル・フェルセンからソフィー・フェルセンへの書簡

私は決心した。結婚はしない。それは自然に反することかもしれないが、私は結婚したいと願う唯一の女性、私を本当に愛してくれている唯一の女性と結婚できないのだから、もう誰とも結婚するつもりはない。

フェルセンのマリー=アントワネットへの強い想いが如実に表れている書簡で、彼の潔ぎの良さには胸を打たれるものがある。実は、この頃フェルセンは父からいい加減スウェーデンに戻って来いと何度も言われており、パリに長く留まっている理由を問われていた。フランスの大資産家ネッケルの娘と結婚するためにパリに留まっており、そのためにはもう少し時間が必要だと答え、父を喜ばせてパリ滞在の了承を得た。だが、それは全て嘘だった。


以上、現存する書簡の一部を紹介し、マリー=アントワネットとフェルセンの関係性と真の姿に迫った。歴史と身分に引き裂かれた二人の人生は、やはり後代の人間をも強く惹きつける不思議な力を持っている。そして、今回のテーマが歴史やフランス革命により興味を持つきっかけとなれば幸いである。


Shelk 🦋

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