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アンティークコインの世界

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前7世紀に世界で初めて金属製の円形コインがリディア(現在のトルコに位置した古都)で発行された。物々交換の効率の悪さから解放され、小さく軽く携帯しやすいコインによって人間はさらに商…
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アンティークコインの世界 | 神聖ローマ帝国 都市景観 ターレル銀貨

今回は表題の通り、神聖ローマ帝国で発行された都市景観を描いたらターレル銀貨を紹介していく。現ドイツの都市アウグスブルクで発行された一枚で、17世紀当時のアウグスブルクの街並みを写した傑作である。それでは、早速観ていこう。 神聖ローマ帝国アウグスブルクで1639年に発行されたターレル銀貨。フェルディナント3世の肖像とアウグスブルクの都市景観を描いている。都市景観側の中央に描かれた松ぼっくりは、アウグスブルクの都市紋章で豊穣と繁栄を象徴している。三十年戦争の真っ只中、当時の街並

フランス革命のその後 | 繰り返す革命と人々の記憶

今回は、1789年に勃発したフランス革命のその後に焦点を当て、当時の歴史を追っていく。時はフランス革命が収束し、ブルボン家が再び王座に舞い戻ったルイ18世の治世から始めよう。オーティエという人物の回想録から、フランス革命後のフランスの情勢が詳しく窺える。以下、オーティエの回想録を元に当時の出来事を述べていく。 王室の髪結いオーティエが記した回想録からは、ブルボン家の人々がいかに横柄で薄情だったかが窺える。もちろん、回想録は筆者の主観が入り過ぎることと、オーティエ自身が盛癖の

セレスタン・ギタールの日記から探るフランス革命期の貨幣事情

ルイ16世が処刑された1793年1月21日は、気温は3℃で天候は曇り空の湿った日だった。これはギタールという名の一般市民がつけていた日記から得られる情報である。フランス史には取り挙げられることのない些細な情報だが、気温や天候から空気感のようなものが伝わり、当時の情景がより鮮明に想像できる。 当時の人間が記した日記は、自分がそこにいたかのような感覚にさせてくれる。肌寒くどんよりと曇った空の下、ルイ16世はこの世を去った。そうだったのか。そんなこと、教科書のどこにも書いてなかっ

アンティークコインの世界 | ジョージ4世のクラウン銀貨とスラブのおはなし

今回はタイトルの通り、ジョージ4世のクラウン銀貨について紹介していく。また、本貨が米国大手貨幣鑑定機関NGC社による鑑定品であるため、スラブの詳細についても併せて述べていく。 下記、本貨の基本情報となる。 ラテン語による銘文には、和訳と英訳を併記した。 図柄表:ジョージ4世(在位:1820〜1830年) 図柄裏:聖ジョージの竜退治 発行地:大英帝国ロンドン王立造幣局 発行年:1821年 発行数:438,000枚 彫刻師:ベネデット・ピストルッチ(Benedetto Pi

アンティークコインの世界|アルフォンソ13世5ペセタ銀貨とスラブのおはなし

今回は、スペインコインについて紹介していく。この度も発行背景等の歴史だけでなく、スラブに関する内容も交えて述べていく。スラブについての連載は、スペイン→イギリス→ギリシア・ローマ→メキシコと来て、またスペインに戻る。 私はかつてからスペインコインに惹かれており、特に彼らが発行した大型銀貨に魅了され続けてきた。収集の初期からスペインコインには注目しており、現在に至る。独特の雰囲気を持ったスペインコインは、収集を存分に楽しめる最高峰のジャンルのひとつだろう。 図柄表:アルフォ

アンティークコインの世界|フランス支配下のスペインコインとスラブのおはなし

今回は、フランス支配下のスペインで発行された20レアル銀貨を紹介する。非常にセンシティブな時代のコインであり、スペインで発行されたものの、フランス人の王の肖像を刻んでいるという少し風変わりなものである。19世紀ヨーロッパの歴史の動乱を感じることができる面白いコインであるため、是非この場で紹介していきたい。また、プレビューの画像を見てお分かりだと思うが、本貨は特殊なプラスチックケースに保管されている。これはアメリカの鑑定会社によってホルダリングされたもので、スラブと呼ばれるもの

アンティークコインの世界 | ウィルヘルミナ女王の2•1/2グルデン銀貨

今回は、オランダの美しき女王ウィルヘルミナを描いたコインを紹介していく。オランダのアンティークコインは、マイナーなジャンルかもしれない。英米独仏などの国と比べると種類も少なく、また知名度としてもそれらには劣る。だが、オランダのコインも他のコインに負けず劣らず素晴らしい魅力を実は秘めている。 発行国:オランダ王国ユトレヒト造幣局(Utrecht, Netherlands) 発行年:1898年(単年号発行) 発行数:100,000枚 彫刻師:P. Pander 銘文表:WILH

アンティークコインの世界 | スイスのターレル銀貨

今回は、スイスのベルンで発行された一枚のターレル銀貨を紹介する。スイスはドイツで使用されていた単位ターレルを基準に貨幣を発行した。それゆえ、ドイツのものと同じく、スイスのターレル銀貨も直径40mmを超える大型貨幣で非常に見応えがある。スイスのコインと言えば射撃祭シリーズが有名だが、それ以外はマイナー気味であまり知られていないかもしれない。だが、スイスのコインは周辺のヨーロッパ諸国とは異なる独特のデザインや造りが目を惹く。 図柄表:熊と盾紋章(Bear and Crowned

アンティークコインの世界 | スペインのコインを探究する 〜古代編〜

今回は、古代にスペインで発行されたコインを紹介する。かつてスペインは、ヒスパニアと呼ばれるローマの属州のひとつだった。鉱山資源に恵まれた裕福な地であり、ローマの有力氏族たちが拠点とする重要な地でもあった。ヒスパニア属州とひとくちに言っても、この地はローマによって細かく区分されていた。当初はヒスパニア・キテリオルとヒスパニア・ウルテリオルの2つだったが、最終的には北東部タラコネンシス、南東部カルタギネンシス 、南部バエティカ、南西部ルシタニア、北西部ガラエキアが加わり、7つのエ

私が推す近代ヨーロッパのコイン | 貨幣が語る美の世界:前編

普段は古代コイン、特に古代ギリシア・ローマコインの紹介がメインとなるが、近代ヨーロッパのコインでもデザインが好きなものがいくつもある。とりわけ私が好きなものは、聖母マリアと幼児イエスをモデルにしたカトリック系のデザインが施されたコインである。その他、フランスの英雄ナポレオン・ボナパルトや英国の女王ヴィクトリアの記念貨及びメダルに一段と惹かれる。ナポレオンは数多くの記念メダルを発行しており、そのデザインはどれも秀逸である。同様にナポレオン3世のものも素晴らしい。加えて、ヴィクト

アンティークコインの世界 | 古代ギリシア・ローマコインを鑑賞する

今回は、ギリシアコインの代表作である南部イタリアの一枚のコインと、ローマ帝国で発行された戦勝記念貨を二枚紹介する。後者二枚はローマの歴史を記録するものであり、資料的価値を見出せる大変興味深いものである。 図柄表:騎馬少年  図柄裏:イルカに乗るタラス  発行地:イタリア南部カラブリア地方タレントゥム  発行年:前281〜前272年頃 銘文表:APIΣTIΠ(アリスティプ)ΓY(管理番号) 銘文裏:TAPAΣ(タラス) 額面:ノモス  材質:銀 直径:20.8mm  重量:6

アンティークコインの世界 | 古代ローマの伝説の暗殺者

「古代ローマの伝説の暗殺者」というタイトルの通り、今回はガイウス・ユリウス・カエサルの暗殺を企てた首謀者が発行したコインを紹介する。カエサルの暗殺を計画した人物は、ガイウス・カッシウス・ロンギヌスという名だった。彼は古代ローマを代表する有力貴族の家系で、ローマ政界を牛耳る政治家でありながら優秀な軍人でもあった。第一回三頭政治の委員の一人だったマルクス・リキニウス・クラッススの下で兵士として戦った。 カッシウスの上司だったクラッススは既に大富豪だったが、自身のキャリアに欠けて

アンティークコインの世界 〜古代ギリシア・ローマコインを観察する

タイトルの通り、古代ギリシア・ローマコインを観察しながら、当時の歴史に辿っていく。今回は7枚の貨幣を年代順に紹介する。観察を通して歴史背景の深みが見えてくるかもしれない。 前2世紀のローマ支配時代のアテナイで発行されたテトラドラクマ銀貨。かつては大繁栄を謳歌した古代ギリシアを代表する都市国家がアテナイだが、最終的には共和政ローマに制圧され、アカエア属州に併合された。この頃のアテナイは共和政ローマの支配下にあったが、他地域と異なり、過去の栄光から優遇政策が採られていた。 図

アンティークコインの世界 〜ローマコイン収集の魅力〜

前7世紀に世界で初めて金属製の円形コインがリュディア王国(現在のトルコに位置した古都)で発行された。物々交換の効率の悪さから解放され、小さく軽く携帯しやすいコインによって人間はさらに商業を発展させていく。小アジアの地で誕生したコインは、その便利さから瞬く間に世界に拡がっていった。そして、芸術表現を得意としたギリシア人がコインの図像を芸術の域にまで引き上げていく。その後、ギリシアのコインづくりの文化はローマへと受け継がれていった。ローマ人は権力の象徴としてコインを発行した。それ