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【掌編小説】誕生日おめでとう

その男の物語のスピンオフです。
ちょっとだけ早いけど、お誕生スペシャルです。

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「先生、こっちこっち」
夕方の雷門の真正面。
とても王道な待ち合わせスポットで、ガードレールに腰かけていた彼は、わたしを見つけるとさっと立ち上がり手を振った。
「ごめんね、ちょっと遅れた」
「全然です。僕の浅草にようこそ」
そう言って、雷門を観光ガイドのように手のひらを向ける。
「浅草出身だっけ?」とわたしが聞くと、違うけどバイトとかしてたんで〜と軽く言いながら、お参りしましょうと歩き出した。

仲見世を通ろうとするわたしを、ちょっと裏から行きましょうと、手招きする。
「いつもならほおずき市なんですけどね、今日」
と一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに気持ちを取り戻して歩き出す。

仕事の時よりラフなオーバーサイズの白いTシャツに紺色の短パンとサンダル、まさかの手ぶら。徒歩数分のところに住んでいるみたいな格好だ。
ここにこんな店あったかなぁ、あ、すき焼きも食べたいですね、先生のお金で、といちいち楽しそうだ。
「もう任せるわ」とわたしも笑って答える。

今日は一年に一日だけ(正しくは二日だけ)の特別な日だ。四万六千日と言って、この日にお参りすると四万六千日参詣したのと同じ功徳があると言う。
私たちは階段を登って参拝をした。本堂の中は少しひんやりしていて、お線香の懐かしい香りがする。
日々の安全を感謝して祈る。
祈り終えて右を見ると、彼は胸の前で手を合わせてまだ熱心に祈っていた。瞑った目の睫毛と俯き加減の鼻のラインが美しくて思わず見つめてしまう。

彼は突然目を開けてこっちを見ると、
「先生、今見つめてました?今日は、雷除けってのがもらえるんです」
そう大真面目な顔で言うと、授与所に歩き出す。
そして手慣れた様子でわたしの分と自分の分を2つ買うと、一つをわたしに手渡した。三角の紙が竹串に挟まれていて、なんだか粋なお札だ。
「粋だねぇ」とわたしが言うと「でしょー」となぜか嬉しそうだ。

さて、ちょっとなんか食べに行きましょう。そう言ってまた裏道を歩く。やはり裏通りにある一軒の蕎麦屋に入ると、見るからに江戸っ子な雰囲気の女将さんが出てきて、お好きな席どうぞーと言った。
彼は生ビールをとりあえず注文すると壁に貼られたオススメのおつまみを熱心に眺めた。
よく冷えたグラスに入ったビールを女将さんが持ってくる。
「今年はほおずき市なくて、残念ね」
彼に向かってそう言うと、彼も「本当っすね」と頷いた。
「誕生日だよね、今日?」と突然女将さんが言う。
「そう!よく覚えてたね!」
「毎年ほおずき市のたびに言われたら覚えるよ!」
そう笑いながら女将さんは厨房へ下がっていった。

「誕生日なの?」
ビールのグラスを持ったまま、彼にそう質問すると、とりあえずカンパーイ!とわたしのグラスにグラスをくっつけ鳴らしてから、美味しそうにゴクゴクと飲んだ。
「そうなんです、誕生日です」
「えー、言ってよ」
「いや、自分から今日自分誕生日なんでーって言うやついます?」
「あんま、いないかな」
「でしょう?ということで今日は先生の奢りかな」

お新香などの軽いおつまみとせいろ蕎麦を頼んで食べた。
随分と気持ち良さそうに蕎麦を食べる人だ。白いTシャツのことなんて気にしてないんだろうな。そんな風に気持ちよく食べる人をわたしはなんだか無条件に信頼してしまう。

さくっと食べ終えると、彼はよく通る声でお勘定をお願いしてポケットから財布を出すとさらっと勘定をした。
「先生、次に行きますよ」
店を出ると今度はもう一度浅草寺の方へ向かう。
「なんか忙しいな!」とわたしが笑うと
「連れていきたいところが沢山あるだけです」そう言って、わたしの手をとって歩き出した。

浅草寺の裏、通称観音裏には小さなお店が立ち並んでいる。
彼はその中の一つの店の紺色の暖簾をくぐると引き戸を迷うことなく開けた。
妙なデジャヴに襲われる。
あぁ、わたしが書いたあのシーンそのものなんだ。
彼は中に入るとカウンターにいる大将に「こんばんは〜」と挨拶した。
カウンターだけの小さな店で、一番奥の席が二席だけ空いていた。

「浅草に飲みに行きましょうって約束しましたもんね」
彼は、わたしがデジャヴにおそわれていることを百も承知という顔をして、優しく言った。
美味しそうな料理と日本酒が頼んでいないのに出てくる。
「もうオススメを頼んでおきました」

「どっちが誕生日だかわかんなくなるじゃん」とわたしが呟く。
「先生、気を使いすぎなんですよ。思うんですけど、誕生日だって、そのほかの日だって同じようにかけがえないし。四万六千日だってそのほかの日だって関係なくご利益あるのかなって。今日は先生とデートする日という特別な日ね」
「うん…」わたしはそう言うと、目の前のおちょこの日本酒を飲み干した。
「明日、仕事ですよねぇ?大丈夫?」そう笑いながら、彼もグイッと飲む。
そうやって、わたしたちは大いに笑って食事をして飲んだ。

わたしはバッグの中から、小さな掌サイズの紙袋を出して彼に渡した。
「はい、誕生日プレゼント!」
「え?知らなかったんじゃないの?」
嬉しそうに彼が紙袋を開けると、和紙で作られた招き猫の根付けが出てきた。猫はユニークな顔をしてこっちを見てる。
「先生、これ、自分に買ったんでしょ」
「バレた?」
「それで待ち合わせ遅刻したのかー!でも、ありがとうございます。もらいます遠慮なく。嬉しいです」
そう言って大事そうにポケットにしまった。

食べたー!飲んだー!
店を出てそう言いながら背伸びをする彼の背中に抱きつきたくなるのをグッと堪えた。
彼のことをもっと知りたいけど、まだ知りたくない。
大きな背中を、そんな相反する気持ちで見つめた。
この人を知り尽くしてしまったら、わたしは何も書けなくなってしまう気がするから。

遠くから近づいてくるタクシーが目に入る。
彼は背伸びの姿勢のまま、タクシーに合図をして止めると、わたしをさっさと乗せ、自分はタクシーには乗らずに運転手にわたしのマンションの住所を伝えた。
「じゃあ先生、おやすみなさい。楽しい誕生日になりました」
そう言うと、運転手さん行ってくださーいと運転手に伝えた。
ドアがバタンと閉まる。
窓から彼を見上げると、少しだけ切なそうな顔をしていた。
わたしは無理やり笑顔を作ると「また明日!」と口を動かした。
彼も笑顔になって「また明日」と言った。
走り出したタクシーから後ろを振り返ると、彼はその場で手を振っていた。
小さくなっていく彼を見ながら、わたしは思った。

誕生日おめでとう、生まれてきてくれて、ありがとう。

(おわり)

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