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【掌編小説】真夏の熱と梨

登場人物は「その男の物語」と同じです。
続きではなく1話完結のフルーツスピンオフです。
(フルーツスピンオフという謎の造語……)

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布団の中で伸びをするようにそっと体を伸ばす。
熱のある身体はぎこちなく、自分の手足ではないみたいな感覚だ。
ドアが開き彼が入ってくる。わたしは眠っているフリをして少し薄目で彼のことを見つめる。
木のトレーには瑞々しい梨とフルーツナイフ。
ベッドサイドの椅子に座ると、梨を剥き始めた。サリサリという涼しげで心地よい音が部屋に響く。

俯き加減で目にかかりそうな前髪、口が少し開いているのは集中しているからだろうか。
器用にお皿に剥いた梨を入れていく途中、一個だけ自分の口に入れている。

「先生起きてるんでしょう?」
そう言いながら持ってきた濡れ布巾で手を拭く。
そして、手の甲をわたしのおでこと喉元に付けた。彼の手はひんやりと冷たい。
「まだ下がらないね」
少しだけ心配そうな顔をしてから、梨食べます?とお皿の梨を見せてくれる。
「少し食べたいな」
わたしが言うと、櫛形の梨をさらに一口サイズに切り分けて「あーん」と言いながらそのまま手で食べさせてくれた。
よく冷えた梨が熱い喉に伝わっていく。一気に熱が下がりそうな気分になる。

弱っているときでも、元気な時と変わらない接し方をしてくれる。
仕事ができなくても、何も言ってこない。
スケジュール管理がどうなっているのかも、何も。

心配かけまいとしているのかもしれない。
でも、この人はそういう気づかいはしないことはわかっている。
「大丈夫ですか?」なんて聞いてこない。
大丈夫じゃないのは自分が一番よくわかっている、それをわかっている人だから。

優しいんじゃないんだろうなと思う。
優しいというよりは想像力がある人だ。

「なんかまた頭使って考えてるでしょう。何も考えないで寝てください」
彼は静かな声で言うと、わたしの布団を掛け直してくれた。

「おやすみなさい」
「おやすみ」

そんな毎日のささやかな一言を交せることがなんと幸せなことなのか。
唇に梨の甘さの余韻を感じながら、わたしはゆっくりと目を閉じた。

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「熱」と書くと、このご時世色々敏感になるかもしれないけれど、敢えて書きました。愛を込めて。

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