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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第三十九話【旻理】

「そうだ、アタシはオマエを生まれる前から知っている。闇夜に輝く緑の瞳。アスティと出会っときに感じた既視感。そうか、《《お前たちだったのか》》」

 全身に怒りと禍々しいオーラを放ち、アレイシアはゼロの前に立った。
 驚愕に歪んだゼロの表情が紫の瞳に映り、勇者の可憐な表情に冷たい影が落ちる。

「ねぇ、お父サマ?」
「あ」

 いきなり発せられた言葉に、ゼロとファウストは固まった。
 それは一つの可能性であるのだが、アステリアの第三魔法であるノルンの三翼を利用すれば、それは可能なのかもしれない。

 勇者アレンの正体は――。

「クラウディア・ヴィレ・オルテュギアー……」
「そうでもあるし、そうでないともいえる」

 ファウストの言葉に乾いた笑みをこぼして、唇を釣り上げたアレイシアは、二人の男の反応を楽しむかのように目を細めた。それはどこか、ネズミをいたぶる猫のように嗜虐的であり、ファウストはアレイシアの瞳に気圧される。

「どうですか、お父サマ。これが人間に転生した。アナタが望んだ理想の娘の成れの果て、勇者アレンこと、アレイシアその人さ」

 嘲りと侮蔑を含ませて、かわいらしい仕草で白いスカートを摘まむ少女は、軽やかなステップを踏んで、その場でくるりとターンした。
 どうやら、挨拶のつもりらしい。

「アスティことアステリアのナノマシーンの同調で、すべてを教えてくれた。そう、すべてをっ! すべてをねっ! アタシたちの運命はつい数時間前に決まり、世界はこの瞬間を中心に時間軸が崩壊して、再び構築し直した。デーロスは、ヒナが孵る前の卵の状態に戻されたわけだ。しかも、神が許したのは500しかない限定された未来。アスティの絶望がどれほどのものか、あななたちにはわからにだろう」

 独白するアレイシアは己の両手のひらを自分に向けて、口と目元を痙攣させる。
 まるでなにも知らない二人の男を嘲笑うように。そして、これからも全容を理解することができない、二人を憐れむかのように。

「ねぇ、お父サマ、喜んでくださいよっ! ちゃんと見てください! これが、人間であるティアだったモノです。どうしてそんな顔をするんですかぁ。笑ってくださいよぉ。あなたの願いが叶ったんですよぉっ!」

 アハハハハハ……。

「あ…あぁ。そんな、ティア……っ!?」

 アレイシアの言葉で、ようやくゼロは自分が泣いていることに気づいた。
 翠色すいしょくの瞳から、みっともなく涙を流して、自身の娘だった存在を震えながら瞳に収める。

 傷だらけの身体にボサボサの髪。ティアと寸分もたがわない顔の造作ながら、彼女の紫の瞳には蠢くような闇があった。

「アスティはノルンの三翼を使って、無かったことにしようとした。種神に見つけられた過去を消そうとしたんだ。ティアという増幅装置を繋いだままね。けど、彼女は中途半端に壊してしまったんだ。その結果、ティアの魂の一部が過去の世界に飛ばされて、生まれてきたのが【救いたい】という、呪わしい気持ちを引き継いだ――あぁ、アタシなんだよ」

 アレイシアは自身の姿をゼロに見せつけるように立った。

「魔導姫は結果的に、約束を守りました。満足でしょう? そうでしょう? ――なんとか言えよ。このクソ親父っ!」

 怒鳴りつけるアレイシアを、ゼロは瞳を見開いて硬直させる。

「あぁ、あなたは納得できないでしょうね。あなたから見たら、あなたはアタシの娘でもないし、アナタも厳密にはアタシの父でもない。けど、だったら、だれにこの気持ちを語ればよかったんだ! このアレイシアは生まれた瞬間に、奴隷として売られた。家畜以下の扱いを受けて、魔王が暴れる世界を彷徨ってっ! アステリア姫――アスティに拾われなかったら、今のアタシはなかったんだっ! 抵抗した? なんで、逃げようとした? 当然したよ。けど抵抗しようとしたら、いつでも頭の中に、アンタの声が響いてアタシを拘束した――あ、アアアアアアアアアアアアアアアッ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!! みんな、みんな。お前のせいだっ! みんな、みんなアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! 」

 それは己の腹を掻き開いて、臓腑ごと感情をぶちまけるような慟哭だった。
 自分たちが先人から伝え聞いた、勇者アレンの物語と乖離している容赦のない現実が、ファウストとゼロの乏しい想像力にのしかかる。

「ティア、すまない」

 ゼロは頭を下げた。自分の中にあるイーダスだった部分が、娘の叫びに答える形でこうべを垂れさせたのだ。

「…………」

 だがそれが、アレイシアの地雷を踏みぬことを気づいていない。
 イーダスは最後まで、己の感情でしか物事を見ることができず、価値観を押してつけて周囲と三姉妹を狂わせてきた。
 双子の兄を守ろうと25年前に自分がしたスタンドプレーが、どれほど周囲の種族の運命に干渉したのか、さらに自分の娘の人生すら二つに裂いて歪ませたことを、この男自身が深く受け止めようとしない。

 正解は自分はイーダスではないと訴えて、お前の父親はすでに死んでいることを告げるべきなのに。

 アレイシアは助けも救済も必要としない段階まで来ているのだ。
 中途半端な謝罪が、どれほどまで罪深く為であるのか、イーダスは恐ろしいまでに無自覚で邪悪だった。

「謝るのなら、あなたたちの全部をちょうだい。アスティに埋め込まれたナノマシーンが、アタシに力をくれるから」

 赤い月のようにアレイシアの唇が弧を描く。
 脱力して項垂れるゼロは、審判をうける罪人のように静かに待った。
 自分の中に内在する、複数の人格を押さえつけて兄とサードを封じ込めて、主人格の座にすわるイーダスは孤独の王様だ。身を隠すものがない、裸で哀れな存在だった。

「これは親離れであり、子離れでもあるんです。どうか受け止めてくださいな」

 まるで自分に言い聞かせるようなアレイシアの言葉に、ファウストは本能的に危機を察した。

「待て! 待ってくれっ!」

 自分たちはまだ、肝心なことを聞いていない。

 勇者アレンが具体的にこの世界に対して、どのようなリアクションをとりたいのか、自分たちは確認していない。
 イーダスに償いを求めて、すべてを差し出すことを願うことは、目的ではなく、目的に到達するための手段でしかないのだ。

 アレイシアがゼロの顔を持ち上げて、顔を近づけてくる。
 ファウストは二人を制止しようとする前に、自分の中でなにかが蠢く気配を覚えた。

――このままじゃ、あぶない!

 アレイシアがゼロに、触れる程度を口づけを交わす瞬間、自分の脳にマナの波動が迫っていくのを感じて、ファウストはとっさに自身を首を切断した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ダフネが自分に仕込んでいたバックアップが役に立った。
 仕込まれていた王家の血――【尊き青バラの血ブルーローズブラッド】が魔導姫の反撃で消滅した薬草と魔菌糸のコロニーを復活させて、首だけでも数時間ぐらいは生きていける算段がついていたからだ。

 首が飛んで視界が回転し、床に叩きつけられるところを、竜族が使うブレスの要領で口から風属性の魔法を使う。器用に頭部を軟着陸させると、ファウストは次に、切断面を即座に魔菌糸で塞いで出血を防いだ。

「へぇ、すごいね。首だけでも生きていけるんだ」

 ゼロから口を離したアレイシアは、床に転がるファウストを見下ろして興味深そうに笑う。

「良い上司に恵まれおかげでね。ユピテルの技術がどれくらい凄いのかわかりませんが、自分たちは自分たちで、どんな状況でも生き残れるように、徹底的に訓練されてきましたから」

 この期に及んで敬語が抜けないのは、目の前の少女がオルテの末姫に外見が酷似しているせいなのか、それとも勇者であることを無意識に感じ取っているからなのか、もしくはその両方なのか、ぞんざいな口調でコミュニケーションをとることに抵抗を覚える。

「ふぅん、まあいいけど」

 アレイシアは、頭部が切断されたファウストの肉体に近づく。
 頭部の切断面は、すでに肉体の魔菌糸たちが止血をしているのだが、下腹部の方は膀胱が弛緩した影響で、糞尿を垂れ流している状態だ。

「できれば、もうちょっとキレイな状態で取り込みたかったわね。あぁ、そうだ」

 なにかを思いついた勇者だった少女は、口づけられてぐったりした様子のゼロに触れる。アレイシアの傷だらけの手がゼロの頬を撫でまわし、首を締めるように掴みかかると、バチパチと音を立てて青い電流が弾けた。

「…………」

 ゼロはなにも反応を返さない。心が壊れた瞳は、なにも映すことなく自分の娘だった存在を見る。

 やがて。

――シュウウウウウウッ。

 タンパク質の焦げる匂いが漂い、ゼロだけではなくゼロの肉体の一部であるオリーブの大木ごと緑に輝く光の粒子となる。アステリアの言動から察するに、ファウストとゼロに埋め込まれた生体ナノマシーンで、肉体を粒子状に分解したのだろう。
 かつてゼロだった存在は緑の粒子となり、アレイシアの手のひらの上に集まって球体となった。

「ふーん、やっぱり緑なんだ」

 アレイシアがそう呟くと、手のひらの光球をファウストの肉体に向ける。

 バチンッ。と、ゴムのような素材が弾ける音が聞こえた。
 ファウストの身体が球体に呼応するように、緑色に発光し始めて、次の瞬間には緑の球体となって、空中に浮いている。

「来なさい。私はナノマシーンのマスターコードは、アスティから継承されている」

 新たな主の言葉に反応して、球体がアレイシアの手のひらにあるもう一つの球体と合体し、溶け込むように球体同士が融合していく。一つになった二つの緑の球が、アレイシアの手の中に納まると、彼女の手首から肘まで刺青のような赤い文様が浮き上がった。

「あぁ」

 アレイシアは紫の瞳を潤ませて、うっとりとした声を漏らす。

「ザマーみろさ。これで、奴らの計画は半分潰して乗っ取ってやった。あとはデオンを殺し、私のスキルと魔王の力で新天地を目指す。もちろん、世界中にいるアスティの複数体を全部迎えに行かないと」

 勇者は勝利を確信し、歌うように自分の計画を口ずさんだ。
 異種族の情報を取り込んだことで、アレイシアの肉体に刻まれた傷跡が消えて、代わりに全身に浮かび上がっている赤い刺青の文様が、不気味な発光を繰り返している。

「な、に?」

 アレイシアの言葉に、ファウストは瞳を見開いた。
 彼女は言葉を信じるならば、勇者が魔王の力を手中におさめたどころの話ではない。
 彼女が目的を達成し、魔王と共に遠くへどこかへ行くのは、多分、とても都合が良いことなのだろう。

 だけど、だが。

「待て」

 自分の中の消化しきれていない部分が声をあげる。
 振り向いたアレイシアは、ファウストの顔に一瞬、複雑そうな表情を見せて言うのだ。

「あたしたちは、これである意味自由になれたのよ。あなたも好きに生きればいいんだわ」

 言いながらアレイシアが右腕を水平に振り上げると、空間の一部が歪んで天井から床にかけて、そこにあったはずのモノがきれいに抉り取られた。
 まるで巨大なアイスクリームディッシャーで抉り取られたような、滑らかな断面であり、この力で彼女は魔王を封印したのだと、ファウストは納得する。

「あぁ。やっぱり、スキルがパワーアップしている」

 赤い文様が浮き上がった手のひらを眺めて、アレイシアは感心したように呟いた。

「生きたいのなら、あなたはここにいればいい。邪魔をするなら容赦はしない。あたしと魔王の意思は、今、一致しているの。こんな結果になるのなら、500年も魔王の中で不毛な争いをしなければよかった……アスティを一人にするべきじゃなかったんだわ」

 後悔と絶望と煮えくり返る怒りが、口から火のように言葉を吐きだす。
 彼女の言葉には重みがあり、彼女の紫の瞳には強い意志が宿っている。
 
「さぁ、魔王と勇者の復活よ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 アレイシアが両手を広げると、空間から次々と黒い穴が開いて、そこから巨大な鋼の手が、ファウストの知識にはない長細い砲台が、この世界に属することがない異次元の生き物たちの気配が、獰猛な気配と狂気を伴って、この世界に侵出しようとしている。

「ふぅ、まだこの力に慣れしていかないといけないわね」

 アレイシアの言葉に、ファウストは戦慄した。
 自分に見せたこの力は、まだ片鱗でしかないのだ。

――くそ、この状態じゃ。傀儡神アリアドネの糸を発動することもできない。どうにか、どうにかしなければ。

 彼女が、この世界がどうなろうと無関心なのが恐ろしかった。
 平然と別次元の穴をあけ、空間を穿ち抉るアレイシアの行為に、ファウストの本能的な部分が危険性を訴える。
 彼女の存在そのものが、世界の根幹を揺るがせて、破滅へ導く存在であると。

「よし。座標のこれをこうして」

――バシュウウウッ。

 アレイシアはもう一つ次元の穴を開ける。
 そこへ中途半端に空間から突き出た形の魔王の手を、新たにあけた次元の穴へと突っ込ませた。

「ここは」

 魔王の腕が、次元の穴に突っ込んだほんのわずかな間だったが、新たに開いた次元の穴の先が、末姫のいる試練の間であることにファウストは気づき、彼は大声で叫ぶ。

「姫様! お逃げください、魔王が、マキーナが、復活しましたっ!!!」

【つづく】

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