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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十九話【情貯】

『姫様、聞こえていますか! 自分です、ファウストです』
「え、ファウスト殿」
「……っ!」
「マキーナ、アスティ、ちょっと待って」

 突然、死闘に割り込んできたファウストの声にティアが驚き、アレイシアがアステリアと魔王にストップをかける。
 この男の立ち位置はハッキリしていないのに、なぜか自分たちに敵対する意思がないと確信があった。それは、自分の初めてを捧げた相手に対する未練なのかもしれないが……。
 アレイシアの方も剣をさげて、複雑そうな顔でティアをみている。ファウストを繋ぐマナマイがなくても、ティアの言葉の端にファウストの気配を感じ取り、微かにすがるような眼差しを自分の半身へそそいだ。

『姫様、どうか落ち着いて訊いてください。ここで戦い続けてしまうと、次元が揺らいで、デーロスの強制力が働きます。その結果、姫様たちは市街地で戦うことになり、魔王も現世に引っ張り出される形になります』
「なんですって! それは本当ですかっ!?」
『はい。今、自分は上位世界で、この世界の決められた結末を調べていました』
「この世界の……結末?」
「それは、種神に許された500通りの結末だろう」

 アステリアが低い声で言った。

「アタシたちは運命の袋小路に入り込んでしまった。救いがないのなら、好き勝手に暴れても良いでしょう?」

 アレイシアは自分の声がファウストに届いていることを確信し、見えない糸で微かに繋がっている自分の半身が、ファウストに対して抱いている感情の、どろりとした部分に気づく。
 見たくもない自分の汚い部分を目の当たりにして、アレイシアの中にすさんだ気持ちが湧くのを覚えたが。

「アレイシア……」
「――っ」

 愛する人の気持ちを察して、手を繋ぎ、冷たく強張って手が温められる。それだけで、暗く淀んだ気持ちに光が差すのだから、人間の心というものは単純すぎて恐ろしい。

「アスティ、ありがとう」

 アレイシアの手をしっかりと握り返し、困ったように眉を八の字に下げて頬の筋肉を弛ませた。

【…………】

 魔王マキーナは無言だが、ティアたちの話を邪魔しないよう、成り行きを見守っているようだ。

『姫様、そして、その場にいる方々にお願いします。この世界を救うために、そして種神がアステリアに縛り付けた鎖を、この因果から解き放つために』
「…………」

 アステリアの名前が出されて、ティアは苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めた。

 今更彼女を許せと言うのか? 救う必要があるというのか?
 彼女のせいで、自分は大切な物を壊してしまったのに。
 彼女のせいで、知りたくもないし、見たくもないものを見せつけられて、自分が自分でなくなったというのに。

 顔が険しくなっていていくのを止められないティアに対し、アレイシアがアステリアを背後に庇い、威嚇するかのように紫の瞳で睨みつける。
 翡翠の瞳と紫の瞳が交差し、中間地点で火花を散らす。
 このままでは、ファウストの願いも虚しく、決められた破滅まで殺し合うしかなく、自分たちは終わりのない無限ループにはまり込むのだろうか。

『オラ! ファウスト、レディに対して少しは気を回せ!』

 ゴツンっ。と、音が聞こえた。
 まさかの存在に、さすがのティアも動揺して問いかける。

「え? もしかして、プルートス殿ですか」
『はいそうです。コイオス観光のプルートス兼魔導王国オルテュギアー 王立警察 警視総監 プルートス・オケアノスでございます。不詳の部下が、殿下の御心を乱したようで、汗顔の至り。どうぞ、私に免じて話を聞いてくださいな』

 おどけつつも、声の芯に凛としたものを感じさせるプルートスの言葉。
 ギチギチとティアの傍らに控えている【カーラ】がプルートスの声に頭を重たげに持ち上げて、歯をカチカチと鳴らしている。

『全部終わってから、存分に殺し合ってくだせぇ。今はこの場にいる全員の力が必要なんです。事件解決にご協力をおねがいします。これは、世界の運命を左右し、何度も世界が運命によって殺されている殺世界事件なんです』
「……そのネーミング、語呂が悪くないですか?」

 じつはファウストと、同じツッコミを入れていることをティアは知らない。

「わかりました。協力します」
 
 だが、プルートスの言葉でティアは落ち着きを取り戻した。

「こんな状況だけど、一時停戦をしましょう。どうやら、この状況を打開する妙案があるらしいわ」

 ティアはそう言って、いままで殺し合っていた三人に頭を下げる。
 ポーズではなく、心の底から頭を下げていることが分かり、少し前まで彼女と魔導で繋がっていたアステリアは武装を解き、自身の半身であるアレイシアも次元刀を解除し、マキーナは静観したままだ。

 ティアはマナマイを通じて、上位世界でファウストたちが見聞きしたことを伝え、ジンという男が、この無限ループから解放させる方法を彼女たちに伝えて訴える。

『君たちは、この世界に囚われた僕たちとはちがうんだ。だからどうか、ここで潰し合う真似をしないでくれ。大丈夫なんだ。きっとうまく行く! だって、種神はこの無限ループに【飽きた】んだ。これから僕たちがすることを邪魔することもないし、むしろ協力してくれるかもしれないんだ』
「「「!!!」」」

 協力という言葉に、一同が耳を疑った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 話は少し遡る。

「わからんなぁ。なんで、アンタらはアステリアを殺したんだ? 新しい新天地を作る要素としても、アステリアは必要な存在だったんだろう?」

 訝しがるプルートスに対して、ジンは自嘲気味に微笑して言う。

「これは、君たち混血には分からない感情なのだよ。本能や理屈よりも好きと嫌いが優先されるのが、感情の生き物である人間さ。アステリアはいわば
、神様の出来損ない。――劣化版種神というわけさ。種神のせいで異世界に無理やり連れてこられた、僕たち人類からすれば嫌悪の対象にすぎない。そこにちょうど良く、過去を変えようとしているって理由が付いたから、僕たちはアステリアを殺したわけさ」
「……それが、結果的に自分たちの首を締めるかもしれないのに?」

 信じられない表情をするファウストは、人間の不可解な心理状態に頭を抱えた。最悪も矛盾も彼らの中では理屈が通っており、混沌の坩堝と化した感情の中で正常に狂っている。

「まぁ、そんなわけで、平和な世の中になると。今だけ、金だけ、自分だけの奴らが増えて、世界を滅ぼす第三次世界大戦の一歩手前ってカンジさ」
「……そんな場所に帰りたいのか」
「あぁ、帰りたいね。少なくとも、この異世界よりマシさ。理屈よりも感情優先の化物さ」

 悲鳴のような声を上げるファウストにジンは即答して見せた。

「だけどな、だからこそ、分析できるんだよ。こんな状況を作り出した種神の心理状態がな」

 ジンがそう言うと虚空を指さして水槽が現れる。球体のフォルムに、縁がヒラヒラのレースと水流を合わせたような、個性的なデザインをしており、赤くて小さい一匹の魚が泳いでいる。

「種神はこの水槽の金魚を何度も殺して飽きた。だから、次はどんな遊びをしようかと考えて、外来生物を水槽にぶちこんだんだ。……つまり、それが暗黒種さ」

 水槽の中に、いつのまにか小さくて黒いタコが泳いで金魚を包囲する。だが、暗黒種を現わしているタコたちは、金魚になんのリアクションをとらない。

「が、種神にも誤算があった。暗黒種が思った以上に暴れなかったんだ。というか、玉座の間に現われて、オルテに自分たちの種を提供したことに驚いたみたいだね。けど、自殺する世界から観測するに、暗黒種がこのデーロスで暴れるのはこの世界の終わり――無限ループの気配を感じ取った時だ。この程度の変化では種神は満足しない……では、次に暗黒種のことを考察しよう」

 ジンがそう語って、指を鳴らすと水槽から金魚が消えて、黒いタコだけが残った。

「上位世界だからこそ、暗黒種の情報を僕は取得することが出来た。この情報を現世に、早くもって帰れたらと……なんども、思っただろう」

 水槽を手に持ち、中を見下ろしているジンは言う。

「暗黒種は種神が生み出した種族ではない。外側の次元からやって来た種族さ。まぁ、視界に入った時点でSAN値を削るフォルムだから、クトゥルフと名付けたのは、デオンたちなのだろうけど」

 翠色の瞳を細めて、ジンは自分の額に水槽を押し付ける。

「暗黒種は暗黒種で、進化の過程で行き詰った生物さ。単独で次元を超えて、どんな環境にも適応し、寿命以外で死ぬことがない――最強の生物。が、それが種としての限界になってしまった。彼らは彼らの望む行き詰りを解消するために、種神に促されるままこの世界に来た」
「その行き詰りは解消されたのか?」
「半分答えが出て、半分答えが出ていない」
「もしかして、殿下のことか?」
「そうともいえるが、結局自然の生殖ではない。……まぁ、もしかしたら、姫の手を直接借りればかもしれないけど」
「おい! 話が脱線しているぞ」

 ファウストが鋭い声で指摘すると、ジンは困ったように耳たぶを揉んだ。「あぁ、ごめん、何百年も一人だったから、会話のテンポがおかしくなっているんだ」と詫び「結論から言うと、暗黒種は進化ではなく【退化】を望んでいるんだ。わざと弱体化して進化の伸びしろを無理矢理作ろうとしている……種神は、そんな暗黒種の事情なんて感知していない、自分を楽しませるためにぶち込んだ凶悪生物が、自分の望んだとおりに暴れてくれないって感じさ」
「あー、なんだ? 種神はガキなのか?」

 そこでファウストが想像したのが、河原で石を投げている子供の姿だ。葉っぱで作った小舟に足が当たらず、地団太を踏んで悔しがりながら、石だけではなく、そこらへんにあるものをなりふり構わず投げつけ始めている。

「その可能性が高い。第一世界という無事な根っこを確保しつつ、第二世界を無限ループで何度も壊して再生している。まるで、親や大人にそこそこ隠れて、弱い者いじめをしているいじめっ子さ。しかも、飽きているにもかかわらず、自分で自分を止めることが出来ない。救いようのない存在」

 ククっと、ジンは引きつった笑みを浮かべる。

「…………」

 頭上に影が差すが、三人は気づかない振りをする。
 振り返ったら最後、まとまろうとした話もまとまらなくなるからだ。彼らの全身を舐めまわす不快な視線と、圧倒的なプレッシャーに心臓が、魂が恐怖で破裂しそうにするも、彼らは自制心を総動員しながら話を進めていく。

「種神は確実に、僕たちに力を貸すさ。というか、貸すしかないんだ」
「……それで、具体的にどうすればいいんだ?」

 ファウストが苦虫を嚙み潰したような険しい顔で尋ねる。ジンは水槽を見ながら言う。

「種神の姿を見たことがあるか?」

 逆にジンが問いかける。彼の手に持っている水槽には、金魚もタコもいなくなって透明な水がキラキラと光を反射しているだけだ。

「僕もここで何度か観たことがあるよ。そして思ったんだ、種神には考える脳みそがないんだ。脳みそだけじゃない、頭部と首、目、耳、鼻、口、舌、咽喉。胸部、 心臓、肺、気管、気管支、胸腺、食道。腹部、 肝臓、胃、膵臓、腎臓、小腸、大腸、膀胱、胆嚢。腰部と骨盤、腰椎、骨盤、大腿骨、股関節。四肢、 腕、上腕骨、前腕骨、手首、手、脚、大腿骨、脛骨、足首、足……性器以外――本当に、性器以外、全部ないんだ」

【つづく】

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