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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第三十五話【曲踊】

 話は数時間前にさかのぼる。

 アステリアに先導されるように、暗い通路を歩き続けるファウストたち。
 話をリードするのはユリウスとサードであるが、主人格であるファウストとイーダスは沈黙して、煮詰まった感情を持て余した。
 事態は完全に、自分たちでは収拾できない領域に入りつつある。
 五感に集中させれば、各地に派遣していたナンバーズの断末魔が聞こえてきて、地上が混沌の坩堝るつぼと化し、地獄のような様相になっていることが想像できた。

 オルテ国軍も、警視庁も、街も、ペルセとの比ではない暴動とテロが起きて、燃える世界が国民たちを飲み込んでいく。
 まさかここにきて、霊廟の地下が一番安全な場所になるとは思わなかった。

 もしも、数時間前の過去へもどれるなら、ファウストはティアを連れて国外へ脱出し、魔菌糸マナマイで記憶を改ざんして兄妹として生きていくことを選んだだろう。本当にはままならないことの連続だ。普通に生きていけるのは、ある意味才能なのかもしれない。

「今の君の瞳にはなにが映っている?」

 問いの答えを知っているのに、わざわざ問いかけるアステリアが憎かった。

「燃える町が」
「そう、そうでしょうとも。五年前に抑制剤の原料を別のモノへすり替えたからね。ちょうど二十年が経過した今日、体内に蓄積した抑制剤の成分も含めて、封じられてきた生理的飢餓が爆発するという計算さ」

『五年前? 私が死んだ前後か』

 浮上するイーダスの意識に、前を歩いていた魔導姫の赤い頭がわずかに動いた。どうやら頷いているつもりらしい。

「復活した私は、全支配者オールドワンを粛清して彼らの権力を掌握しようとしたんだ。アレイシアの望み、人間が人間らしく生きられる世界を造ろうとしたうえで、真相に迫りつつあるイーダスの存在……ウェルギリウス家といったら、わたしの生家でもあるから興味がわいたんだ。会って見たら、良い線を言っているだけに残念だったよ。君の兄のことは25年前に知っているから、勝手だけど期待してたんだ」
『おい、話が逸れているぞ』
「あ、ごめん。どこからだっけ」

 ユリウスの指摘に、素直に首をかしげるアステリアは足を止めた。

「あー、ごめん、雑談はここまでにしよう。この扉の先には、25年前にユリウスとダフネ……だっけ? 二人の学生が残した置き土産がある」

――なに。

 四人の意識が一斉に、アステリアの声に反応する。
 アステリアが手を掲げて呪文を唱えると、掌(てのひら)てのひらに明かりが灯り、自分たちの前方に巨大な扉がそびえ立つのが見えた。

「ここから先が、魔王が誕生したとされる。古代都市――ユピテルの地下遺跡であり、試練の間のちょうど真下にあたる」

 魔導姫の言葉に、どくんと心臓が嫌な音を立てる。
 重たい扉を開ける音とともに、体中を腐食させそうな悪臭が放たれて、ファウストは思わず手で口元を覆った。
 脳裡によぎるユリウスの記憶が呼び水となり、全身の毛穴から粘ついた汗が流れる。

「ここが、本来の試練の間だ」

 言い切るアステリアの声とともに、空間に光があふれた。まるで本来の主が戻ってきたかのように、部屋中に幾重にも光の筋が走り、魔法陣とは系統が違う幾何学模様きかがくもようがの床が明滅を繰り返している。石材とは明らかに違う金属的な床の不気味さと、金属を軋ませた重低音が風となって自分たちを通り過ぎた時、忘れていた傷跡が疼いた気がした。恐らく、ユリウスの意識によるものだ。

 しだいに光に目が慣れていくと、ユリウスの瞳が記憶にない物体を捉えて、驚いたように息を吐きだす。

 金属の床とは明らかに趣が違う、床を侵食する気の根。壁に沿って成長した太い幹には、人間に似た上半身が垂れさがっていた。ありえない場所で成長したオリーブの巨木が、葉をそよがせていびつな零れ日を床に描いている。

「これは……ッ」

 ファウストの顔が蒼白になり、両ひざと両手を床に付けて荒くて浅い呼吸を繰り返した。
 間違えようがないと本能が告げていた。
 だとしたら、自分は……。

「私は勝手に、彼をゼロ0と呼んでいるよ。ファウストくん」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「すくなくとも、三人必要だったんだ。魔王が封印されている別次元へ行くためにもね」

 と、振り返るタイミングでアステリアが電撃を放ってきた。無詠唱とはいえ、放たれた電撃はファウストを無力化するには十分であり、走り抜ける電流は肉体を傷つけるどころか、神経系統をたちどころに支配して、ファウスト側では指先一本も動かせなくなった。

「25年前に【君たち】が生まれた。蘇った直後の私も、状況を把握する必要があったからね。前後不覚になった君たちの記憶に盗み見て、ユリウスが第習得した第三魔法【神の鼻ネ・ディ・ジュ】が、アレイシアのスキル次元刀と似ていることに気づいた時には、思わず笑ってしまったよ。そして、チャンスだと思った」

 これ以上、しゃべるな。やめろ。

「ダフネはこの場に、ユリウスの記憶を移植したかぶを産み落とした。その株を私が二つに割って、私に逆らうことなく命令に従うようにプログラムを書き加えた……つまり、君がここまで来たのは自分の意思ではなく、魔導姫である私の意志だったというわけさ」

 種明かしをするアステリアは、ゼロの顔を持ち上げて床に倒れているファウストへと顔の角度と調整する。手入れされていないぼさぼさの長い黒髪から見慣れている白い顔が現れて、意思のない翠色すいしょくの瞳がファウストをぼんやりと見つめ返し、目を瞬かせる。

「これで第三魔法【神の鼻ネ・ディ・ジュ】が、行使できる魔術師が三人そろった。空間を司る三点、X軸・Y軸・Z軸を抑えることで、自在に望む場所――別の次元へ転移できる。これで、アレイシアを助けることができるんだ」

 ぐわんと目の前が歪んで、ファウストの身体から電流が突き抜ける。

「今、君はナノマシーンと同調し移植することに成功した。これから君の中にいる余分な人格をゼロに移植させて、ゼロは完全なるゼロとなる。星座ゼロ0ファウスト、第三魔法【神の鼻ネ・ディ・ジュ】を同時に発動させて、封印された魔王を現世に引きずり出すんだ」

 それで、魔王を引きずり出し、お前の望みを果たした後はどうするつもりだ?

「第三魔法の負荷に耐えられず、このアステリアの身体は崩壊するだろうけど、だが、まだストックは残っている。私の情報が共有されていないのが、ちょっとした懸念だけど、私だから状況を察するさ。ここまでこれたのだとね」

 くくくっと、笑うアステリアは楽しげでもあり勝利を確信しているようでもあった。
 音を立てながら電流が弾けて、ファウストの中から引きずり出される情報。指揮棒を振るうように手を振り上げるアステリアは、その手をゼロに向けた。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」

 電流の流れに合わせてゼロの声が出る。意志のない瞳に光が差し、下半身が埋まっている樹木の部分を掴んで上体を持ち上げると、皮肉気に顔がねじまがった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あぁっ! 来てる、波が来ている。いままでの不運の連続は、今日のこのためだったんだ!」

 興奮気味に喉を鳴らして、両手を振り上げるアステリア。光の筋が走る空間でマナのうねりが生じ、オリーブの葉がざわりと揺れて音を立てる。

「あ、うー。う、うん」

 ゼロと呼ばれた存在。三つの人格を取り込んだ男は、魔導車を試運転するようなぎこちない挙動を何度もくりかえし、かすれた声で何度も発声を試みた。何年も声帯をまともに使われていないゆえに、ゼロの声は老人のように掠れていて、発音も呂律もどこか心もとない。しかし、自分と同じ翡色の瞳にはぎらついた闇が宿り、皮肉気な口元がユリウスの名残を感じさせた。

「あぁっ、う、うぅ、あー、うう」

 意味の無さげな挙動を繰り返しながらも、ゼロの視線はファウストを捉えている。その視線がなにを訴えているのか、ファウストには手にとるように理解できた。

――お前、ここで諦めつもりじゃないだろうな!

 聞こえない声に対して、ファウストは読唇術で答える。

――バカをいうな、これからだ。

「君たちを見ていると思い知るよ。ウェルギリウス家の性根は、500年以上も変わっていない。だれにも頼ることが出来ず、自分で自分を増やして、まるで一つの種族のように増殖し――そして、いつか限界を迎えるんだ」

 熱に浮かれるアステリアは語る。

「私のこの不幸な肉体は、新天地に適応できる肉体を作る上で出来た副産物だったって聞かされて、姉から、いや前支配者たちから計画を持ち掛けられて……」

 彼女の白い顔を彩る、絶望、憤怒、悲哀、そして希望。

「復活してからも、この25年間、復讐も兼ねて着々と計画を進めてきた。けど、チャンスがこちらから歩いてきたら、100年も時間なんてかけられない。まぁ、このナノマシーンで構成されたアステリアの肉体は、100年ももたないから、容量の関係で複数体の情報を共有することが出来ず、あとになってお互いに鏡映しで頭を抱えるんだ。だけど、後悔はしていない。このアステリアは私だけであり、それだけで十分なのさ」

 声を荒げて演説する魔導姫の言葉は支離滅裂だ。
 だが、自分の意思を表明する顔には、自棄ではなく覚悟が宿っているのが伺えて、ファウストは厄介なことになったと、内心でつぶやく。

 アステリアは黒いローブを翻して踊るようにマナのうねりを制御し、扇のように広げられた五指ごしの一本一本に複雑な術式を展開させながら、金属の床で神秘的なステップを踏む。

「まずは空間の調整の為に舞台を整える。でませよ! スーパーロボット【ゼウス・エクス・マキーナ】へ至る道を! ときませり!」

 空間が震えて、ファウストとゼロ、アステリアの身体から黄金の光の柱が伸びる。さらに足元からも光が伸びて、三者の足元を起点に光の線が結ばれて三角の魔法陣を形成した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 やがて床を走っている光の筋が、軌道を離れて魔法陣の方へと吸収されて、お互いがお互いの間隔に奇妙な磁場が発生していくのを、ファウストは肌で感じる。
 重力をともないつつも、水のようにまとわりつき、不思議な浮遊感を漂わせるその磁場は、金の粒子をまき散らして空間をされに振動させた。

――クソたれ。このままでは、魔王が外の世界に出てきてしまう。

 ファウストは焦る。最初から自分の人生は、アステリアによって設定されているからと知ったところで、このまま彼女のいいように使われる気もないし、彼女のしてきたことを許す気なんて毛頭もない。
 ゼロに取り込まれた、サード、ユリウス、イーダスも、自分と同じ気持ちであり、肉体が引き離されたからと言って、自分たちを結ぶネットワークは断たれたわけではないのだ。

 姫様、どうかこの愚かな臣下をお許しください。
 この埋め合わせは、必ずやしますので。

 いまの自分に出来る精一杯の抵抗は、マナの流れに干渉し、ナノマシーンとの同調を無効化させることだ。
 しかし、解決の糸口が見つからない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 勝手に肉体がアステリアによって動かされて、アステリア同様に五本の指に複雑な術式を組まされる。ファウストは踏むのは、彼女とはついとなる破滅の舞踏だ。
 プラスとマイナス、反対の属性をぶつけ合いながら発生するエネルギー。黒と白の明滅する世界の中で、ファウストは反撃の機会をうかがう。
 英雄レベルの魔導士に対抗しうる一矢いっし

 名を奪う――知識しかないが【名無しの名ネームレス】の儀式を行うしかない。

 ファウストの指が宙をかくと光の筋が残り、魔力の属性を表す色が、作りだした光の筋に滲んだ。
 右の親指から小指まで赤、だいだい、オレンジ、ピンク、黄色の暖色系に割り振られ、左からの親指から小指まで青、水色、緑、黄緑、黄色の寒色系に割り振られて、両小指が黄色になることを起点に光と色彩が渦を巻く。
 アステリアとファウストの編み出した属性魔力による七色の繭が、回転と逆回転を繰り返し、ゼロの方は、発生している光が黒い渦となり、二つの色彩の渦を吸い込み、反発し、力を流れを反動させた。

 ルート二乗のことわりを一つが反発させて、マナとユピテルの遺跡が脈動する。このデーロスのことわりを超えたありえないエネルギー。第三魔法への条件が徐々に揃い始めて、ファウストはゼロにアイコンタクトを送った。

 数時間前、プルートスは言ったのだ。

『……だから、いろいろと俺たちは計画を立てた。二班に分かれて、テロの主犯を見つけ、同時にカーリアを逃がすことにしたんだ。ユリウスが開発したオリジナル魔導があれば、その二つを達成できるってな』

 ユリウスが編み出した第三魔法は神の鼻ネ・ディ・ジュだけではない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『……だから、いろいろと俺たちは計画を立てた。二班に分かれて、テロの主犯を見つけ、同時にカーリアを逃がすことにしたんだ。ユリウスが開発したオリジナル魔導があれば、その二つを達成できるってな』
『オリジナルの魔導?』
『あぁ、お前のマナマイに近いものだが。だがユリウスの魔導は、第三魔法を取り入れたものだ』

 自分たち三者の間に膨大なエネルギーが膨れ上がってくる。
 ファウストもゼロも、肉体に抵抗しつつ頭脳をフル回転させて、オリジナルの魔導と同時に、名無しの儀式を執行させるタスクを並行で行うのだ。
 肉体も脳にかかる負荷も尋常ではなく、王族二名の体液を摂取しなければファウストはその場で蒸発していただろうし、ゼロの方も25年かけて、魔導姫が肉体を改造させたことで存在を維持している。

 こうなれば、根競べだ。お前が勝つか、俺たちが勝つか。

 ファウストは自分の一人称を、もともとの俺に戻した。
 もはや自分のこだわりを捨てて、すべてを捨てる覚悟をもたなければ、この世界は滅ぶと確信していた。

 膨大に無限に膨れつつあるエネルギーが、縮小してボール状となり、さらに縮小して点となった時、空間に穴が開く。

「あっ、あぁ」

 喜色で緑の瞳を輝かせたアステリアは、完全に油断した。

【つづく】

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