書き出し_休載小説の話をなんとか終わらせよう_アステリアの鎖 50

 ファウストは一瞬だけ目を見開いたあと、少し困ったような顔をして、翠色(すいしょく)の瞳を伏せた。まるで自嘲と羞恥を織り交ぜた顔で絞り出すように言う。

「その、姫様の口づけをした際に、回復に必要な唾液をいただきました。おかげで、次の日に死体になることは免れましたよ」

 確か彼はトレント族の血を引いていた。他者の体液がないと生きることができない点において夜族と少し似ている。大きな違いはトレント族は単体生殖も可能な点だろうか。

「それって、かなりギリギリだったってことよね。 あなた以外に、代わりはいないってこと?」
「えぇ。残念なことですが、しかたがありませんでした。自分の編み出した魔導を他の捜査官に共有させるには、技術を確立させなければいけません。それには宮廷魔導士(ウィザード)と年単位の時間が必要です。イーダス様なら、一年で済ますでしょうが。……惜しい才能を亡くしました」

 この時、ティアはファウストの言葉に引っ掛かった。ファウストは自分の父をあまり語らない。ティアの父に対する評価はかなりの良好であるのに対して、自分の父親には、批判的で仄暗い嫌悪感がこめられている。

「そう。回復したのなら、わたしの護衛は継続できるかしら。わたしは儀式を棄権する意思はない。この世界を救うためにも、アステリアの知識が必要なのよ」

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